もし「人生をもう一度やり直せる」としたら、あなたは何を取り戻そうとするだろうか。
過去におすすめした作品の紹介がひと段落したので、再びランキング巡回していきたい。
今回読んだのはこちら。
『五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す』
https://kakuyomu.jp/works/822139846264815481
五十六歳の半導体研究者・佐伯忠夫は、人生をかけて完成させた論文を奪われた末に、自ら命を絶つ。
しかし次に目を覚ますと、中学生の頃に戻っていた。
奪われた研究と人生を取り戻すため、
「中学生からやり直す人生」が再び始まる――という導入の物語だ。
ジャンルとしては歴史・時代・伝奇に分類されるが、実質的には“職業もの”としての側面が強い作品。
私はこの手の職業ものが好きだが、少し面倒な読者でもある。
設定があるだけで進むタイプの作品だと、どうしても満足できない。
例えば異世界作品でも、薬師や錬金術師といった職業ものは多いが、
工程が省略され「魔法で完成」と処理されると、途端に職業としての実感が薄れてしまう。
テンポとしては正しい。
ただ、その仕事がどう成立しているのかが見えないと、物語としての手触りが弱くなる。
私はこうした“過程の説得力”を重視するタイプで、
池井戸潤のように銀行組織の内部構造が想像できる物語や、
海堂尊のように医療現場の空気が感じられる作品に惹かれる。
その点で本作は、かなり手応えがある。
半導体研究という題材の中で、研究者の立場や環境が丁寧に積み上げられている。
定年間近の五十六歳でありながら大学の一般研究職としてくすぶる姿や、成果が奪われる構造が、どこか現実の延長線上にありそうな生々しさだ。
それだけで就職氷河期に就職できず、しかたなく大学に残った過去が目に見えるようだ。
だからこそ冒頭の「論文を奪われて自殺し、人生をやり直す」という展開に、単なる転生以上の重みが出まれている。
これは“人生のリセット”というより、“積み上げの再取得”に近い。
読んでいると、派手さよりも静かな現実感のほうが印象に残る。
一方で、この手の作品は専門性が強く、読者を選ぶ側面もある。
半導体や研究の話が丁寧に描かれる分、馴染みがないと少し距離を感じるかもしれない。
リアリティを深めるほど説明は増え、テンポや読みやすさとのバランスは難しくなる。
専門的な話が続くと、「何を言っているのか分からない」と感じてしまう読者も出てくるだろう。
雰囲気として楽しめれば問題ないが、理解が追いつかないまま進むと、途中で離れてしまう可能性もある。
このあたりの受け取り方は読者によって分かれるだろう。
現時点ではまだ読み始めたばかりなので評価は保留としている。
この作品が
「ある程度専門知識を持つ読者に向けて書かれているのか」
それとも
「専門知識がなくても楽しめるよう間口を広げているのか」
という観点にも注目して読みたい。
半導体研究という題材はどうしても専門性が高い。
その専門性をどのように読者へ届けていくのかは、作品の読みやすさにも大きく関わってくる。
“研究者としての経験が物語にどう反映されていくのか”と同時に、この専門性をどう物語として読者に届けていくのか。
そこは今後読み進めながら見ていきたい部分だ。
読み終えたときに強くおすすめできると感じたなら、そのときに改めてレビューを書こうと思う。
おそらく、職業描写や研究の現場感を重視する作品が好きな読者には、かなり刺さるタイプの作品だと思う。
派手な展開はない。
それでも、失われたものをもう一度積み上げていく物語には、静かな吸引力がある。
気がつくと、この主人公がどのように人生を取り戻していくのかを考えてしまっている。
研究者という職業の現実を踏まえながら、失われた積み上げをもう一度取り戻していく。
そんな“職業もの”としての手触りが、この作品の読後感だと感じた。
こういう作品と出会えるから、ランキング巡回はやめられない。
さて、次はどんな作品に出会えるだろうか。
今日もまた、ランキング巡回の続きだ。