次の日、筋肉痛がだいぶよくなっていたのでダンジョンに繰り出した。
スマホの専用アプリを使えば魔物の多いダンジョンを調べられる。
せつなが目をつけたのは、ちょっとさびれた感じの雑居ビルだった。
「次元交錯(クロス・ディメンジョン)」
時空の裂け目を通ってダンジョンに侵入すると。
「ぐる?」
「わ、わわわ……っ!?」
入り口付近にいた魔物と目が合った。
相手が侵入者(せつな)を認識して飛び掛かってくる前に、わたわたしながらコートを脱ぐ。
幸い、ぎりぎりで全裸になることができて、敵は「???」と動きを止めた。
「危なかったです……」
ダンジョンに入ってから脱いでも遅い場合があるらしい。これは要対策。でも、入る前に裸になるのも恥ずかしいし……ぐぬぬ。
すーはーと深呼吸をして気持ちを落ち着けたところで。
せつなは、あらためてこのダンジョンを見渡した。
ダンジョンは現実世界と重なり合うように存在しているのだけれど、その構造も、現実世界の建物とある程度連動している。
例えば、前回のスーパーマーケットが闘技場になったのは、一階建てで、そこそこ広い面積の建物なのが影響したからだ。
なので、雑居ビルと連動したこのダンジョンはわりと狭めの部屋がいくつもあって、それが何階にも分かれているタイプ。
敵に襲われると逃げ場が少ないのでちょっと戦いにくい。
ただ、敵に認識されないせつなには関係ない。
「ここの魔物は……狼、ですね」
専用アプリによると「キラーウルフ」。
見た目は普通の狼とそんなに変わらないものの、積極的に人を襲って肉を食らう危険な魔物らしい。
あのまま裸にならずにいたら今頃ごはんにされていたかもしれない。せつなはぶるっと身を震わせて。
「犠牲者が出ないうちにやっつけないといけません」
鞄から金属バットを取り出した。
ゴブリンをたくさん倒したので要領はもうわかっている。正直、殴るときの手ごたえはあんまり気持ちよくないけれど、普通の生き物を殺しているわけではないと思うとだいぶ気持ち的には楽になる。
というわけで。
せつなは、手近にいたキラーウルフに近づき、思いっきり金属バットを振り下ろした。
ごいーん!
思いっきり床を打って手がしびれた。振り下ろすと同時に相手が動いて狙いが外れてしまったのだ。ひどい。
でも、仕方ない。だって相手にはせつなが見えていないのだから。
気を取り直してもう一回バットを振り下ろすと、今度はぼぐっ! と、まともな手ごたえがあった。
「よしっ」
これで相手は光の粒になって消え──ない。
「あれ?」
「ぐるるるるるるっ!?」
「きゃあっ!?」
頭を殴打されたキラーウルフは悲鳴を上げながら暴れた。突き飛ばされたせつなは床にお尻と腰を打って「いたた……」と声を上げてしまう。
狼はその間、きょろきょろとあたりを見回していたものの、けっきょくせつなを見つけられずに大人しくなる。
ただ、動きは少々へろへろだ。
「そっか、威力が足りなかったんですね……!」
ゴブリンは頭部がむきだしで狙いやすかったけれど、キラーウルフは頭が毛に覆われている。あと、動物型は生存本能に忠実なぶんだけしぶとい。
せつなの細い腕で一発殴っただけでは倒せなかったらしい。
「もう一回攻撃すればいいだけですけど……」
さっきみたいに見境なく暴れられると攻撃を受けてしまうかもしれない。
見えてなくても殴られないとは限らないのだと、せつなは学んだ。
「仕方ありません。あまり使いたくなかったんですが……」
鞄から新たな武器を取り出す。
近所のホームセンターで1000円で買った安い包丁。いちおう、金属バットでは攻撃力が足りない可能性は考えていたのだ。
鈍器と違って刃物はこう、殺傷しようとしている感が強くてあまり気は進まなかったのだけれど。
「あれは普通の生き物ではありません。殺しても怒らませんし、むしろ感謝されます」
背に腹は代えられない。せつなは自分に言い聞かせながら、さっき殴ったキラーウルフに包丁を振り下ろした。
ぐさぁっ!
キラーウルフは白目を剥いたあと、ぐらりと身を揺らして……光になって散っていった。
後には魔石と、狼の毛皮が残る。
「どうやら、なんとかなりそうです」
せつなはそれから、狼の頭をぐさぐさと刺してまわった。
刃物を使っても一回では倒せないことが多かったけれど、何度もやっていると刺した後にさっと離れて反撃を食らいにくくする術が身に着いた。
それから、狼の頭の構造がだいぶわかってきて、効果的に刺せる場所もわかるようになった。
「……わたし、すごく物騒な知識ばかり増えている気がしますけど」
おかげで魔物討伐はすごく捗った。
何度も使っていると包丁はぼろぼろになってきたけれど、その頃にはとどめに金属バットを使う知恵もついて。
ダンジョンにいるキラーウルフをあらかた倒し終えるまで、なんとか包丁はもってくれた。
ちなみにその頃には金属バットもたいがいぼろぼろである。
「必要経費がけっこうかかっちゃいました……」
ダンジョン探索は儲かるばかりではない。使った武器は消耗してそのうち壊れる。武器にお金を使いすぎると赤字になってしまうかもしれない。
せつなは仕事というものの難しさと世間の世知辛さをほんのり知った。
「いえ。とにかくギルドに行って換金してもらいましょう……!」
今回は魔石のほかに狼の毛皮や牙などが手に入った。
それなりの値になってくれるといいなあ、と思いつつどさどさと積み上げると、担当の人はまた目を丸くして。
「こんなに……!? しかも、ダンジョン探索2回目で……!?」
「はい。とっても大変でした」
結論から言うと、二回目のダンジョン探索の報酬、つまりドロップ品の売却額と討伐報酬の合計は『20000円弱』だった。
「すごい! けっこう儲かりましたね……!」
金属バットが3~4000円、包丁が1000円としてもだいぶプラスが出ている。
前回の収入と合わせて少し余裕がでてきたので、次は有人窓口で即金を得なくても大丈夫かもしれない。
お祝いにスーパーでシュークリームを買って帰ろうか。
「あ。でも、水道代と光熱費を支払わないといけません……!」
まだまだ生活費に余裕はない。
思い直したせつなは、これからもできるだけダンジョンに潜らないといけないとあらためて思った。
……ちなみに。
繰り返すけれど、初心者が一人で、大きな怪我もなく、これだけの成果を挙げるのはとんでもない快挙である。
けれど、せつなはそれどころではない。なにしろお金がないのだ。稼がないと生活がままならない。
「ええと、まず武器を買い直して……魔物をうまく倒す方法も考えないといけません。できたら、もう少し収入が増えると嬉しいです。もっと威力の高い武器? それとも、うまい倒し方を考えたほうが……?」
ああでもない、こうでもないと、安アパートで考えるせつなからは想像もできないけれど。
その調子で少しずつダンジョン攻略に慣れていったせつなは、デビュー一か月にして快挙を成し遂げることになる。
『冒険者ルーキーランキング5月度No.1』
デビューから一年以内の冒険者の月別報酬支払い額、それでデビュー一か月にしてトップの座を獲得したのだ。
それを見たせつなは「うーん」と考えて。
「でも、お祝いになにかくれるわけでもないんですよね……?」
相変わらず、明日のごはんのことを考えていた。