なんだこれ、どうすればいいんだ。
目の前に浮かんだウィンドウを眺めて途方に暮れていた。
前略、僕は死んで神様のところに運ばれた。
彼(彼女?)によると、記憶を保ったまま異世界に転生させてくれるらしい。
おまけにちょっとした特典もくれるらしいのだけれど、それが問題だった。
『勇気』
『友情』
『知恵』
『果敢』
『闘志』
以下、ずらずらと抽象的な単語が並んでいる。
少し離れたところに浮かんでいる、妙に姿が印象に残らない神様を見て。
「あの、これはなんなんですか?」
ゲーム風にステータスの割り振りにしてくれたらわかりやすかったのに。
「なんなんですか、とは心外ですね。これは私からの温情だというのに」
「温情?」
「人間の素養は簡単に数値化・項目化できるものではありません。
正確に表そうとすれば膨大な量となり、とてもあなたに処理しきれるものではないでしょう。
そこで、あなたが重視する方向性ごとに適した素養を獲得できるようテンプレートを用意したのです」
若干ややこしいけれど、だいたいはわかった。
確かに、人間の能力すべてをステータスにしようとしたらごちゃごちゃしてわかりにくい。
ゲームだと筋力とか敏捷力とか大雑把に分かれてるけど、リアルに考えたら、身体を鍛えれば筋肉もつくし機敏に動けるようにもなる。
どう分けたら一番正しいのか、とか考え始めるとわけがわからないし、仕様を全部確認するのはめちゃくちゃ大変だ。
なので店長のオススメならぬ神様のオススメパックを用意してくれたらしい。
試しに各項目をタップしてみると、そのパックで得られる特典が表示される。
例えば勇気なら近接戦闘力を中心にまんべんなく、家柄はそこそこいいところになるものの、波乱万丈な人生を送ることになる。
「これらのテンプレートへ5ポイントを自由に割り振って転生してください」
そこまで説明してもらえれば案外、良いシステムなのかもしれない。
とはいえこれでも全部確認するのは意外と大変なんだけど……。
「……ん?」
えんえんとパックの効果を確認していた僕は、最後の一つの詳細を見て首を傾げた。
『愛情』
相変わらず抽象的でわかりづらいその項目には「魔法の素質、神聖魔法の素質、整った容姿、カリスマ性、穏やかな家柄、ある程度の資産、良い人に巡り合う幸運」などが含まれているらしい。
……らしいんだけど、その、含まれすぎじゃない?
「あの、この『愛情』はこれで正しいんでしょうか?」
「解説については記載されている以上のことはお答えできません」
神様は優しくなかったものの、各項目の中の各項目をタップするとさらに細かい説明もある程度表示される。
例えば魔法の素質を獲得するとMPや魔法の威力などが上がる。
神聖魔法の素質を獲得するとMPや申請魔法の威力などが上がる。
「……うん?」
MPの上昇が重複している。
転生先の世界にはどうやら魔法と神聖魔法の二種類が存在しているらしく、基本的にはそのどっちかの素質を持っていたらラッキー、ということらしいんだけど。
なぜか『愛情』には両方の素質が含まれている。
これ、MPの上昇って重複するのかな、するんだろうなあ。
二種類の魔法をどっちも使えて、しかも使い分けられるだけのMPも持ってる。
「あれだよね。これ、余ったからって適当にそれっぽいステータス放り込んだらなんか強くなっちゃったやつ」
ゲームだと幸運とかがそうなりやすい。
命中と回避とクリティカルと絶対回避と攻撃力と防御力に影響するせいで「これだけ上げておけばいいんじゃない?」ってなったゲームを見たことがある。
しかもこの『愛情』の場合、生まれ変わる先の家柄も良さそうだ。
その名の通り愛情を持って育ててもらえそうだし、お金にもそんなに不自由しなさそう。
直接戦闘能力はほとんどなさそうなのが気になるけど、そこは逆に前線に無理やり出されなくて済みそうだし。
「よし」
少し考えた末、僕は『愛情』にポイントを全振りすることにした。
入力が終わったのを見計らって「よろしいですか?」と聞いてくる神様。
「はい」
最後までちゃんと確認して良かったと満足して頷く僕。
「では、よい来世を」
意識がふっと遠くなって、気づいた時には生まれ変わっていた。
生まれ変わった先で──僕は、あろうことか自分の選択を後悔することになった。
いや、聞いてないよそんな仕様!?
◇ ◇ ◇
「……あら?」
気づくと、僕は自分の部屋にいた。
ベッドに本棚、応接用のテーブルセットに勉強や書き物用の机、その他もろもろが置かれたゆったりとした部屋。
着ているのは落ち着いた雰囲気のドレスで、僕はだいたい十歳くらいの女の子だ。
前世の記憶が戻るまでにどうやらしばらくかかったらしい。
記憶が戻るまでの僕は普通に異世界の住人として生活していて──女の子としての十年間の日々が、急速に頭に流れ込んでくる。
前世と今世の記憶が統合されて、自分のことのように「今世の自分」のことを思い出せるようになった。
僕──わたくしは、アリア・ツァインベルグ。
ツァインベルグ伯爵家の長女として生まれた、れっきとした貴族だ。
お父様もお母様もお兄様も良い方で、生まれてこの方何不自由していない。
貴族令嬢に相応しい教育も受けており──知性の面では特別優れてはいないものの、持ち前の真面目さでそれなりの成果を収めている。
「生まれ変わるってこんな感じなんだ」
呟いた声は高く、透き通っている。
男の子でもこの年頃なら声変わりは済んでいないかもしれないけど──前世で、急に声が低くなったのがなんだか恥ずかしくて仕方なかったのを急に思い出した。
なんだか変な感じなのに、一方で自分の身体として当たり前に動かせる。
男だった前世を覚えていて思考もちゃんと残ってるのに、女の子として自然に振舞えるっていうのは本当に、変な感じだ。
そのうち身体に引っ張られて、男だったことを忘れてしまいそう。
と。
「お嬢様。そろそろお支度をいたしましょう」
専属メイドのレナがノックの後で部屋に入ってきた。
支度。
「……ああ、そうね。今日は大事な日だものね」
記憶を遡って、僕は今日がどんな日かを思い出した。
僕の婚約者になった少年が我が家に来訪する日。
貴族同士の間では子供のころから婚約を結んで仲を深めるのは珍しいことじゃない。
僕はレナに微笑みを返すと「お願い」と着替えを頼んだ。
貴族のお嬢様はなんでも人にやってもらうのが当たり前。
箸より重いものを持ったことがない──なんて言葉があるけれど、僕──わたくしが持ったことのある一番重い物は本か、あるいは食器だと思う。
とっておきの、可愛くて清楚なドレスに着替えた僕はお相手を出迎える。
初めて会う、侯爵家出身の少年。
「初めまして──アリア嬢。えっと、お目にかかれる日を楽しみにしていました」
やってきたのは、少し線が細い、真面目そうな少年だった。
少し色味の薄い金髪で、顔立ちは女の子みたいに整ってる。
今日のために一生懸命練習してきたのか、すこしたどたどしい口調で言うのがとても可愛い。
──可愛い?
主観的には同性の相手に? と心の中で首を傾げた直後、胸の奥、もしくはお腹の奥がきゅん、とするのを感じた。
それは、男だった前世の僕が味わったことのない感覚。
切なくて温かくて、なにがなんだかわからなくなってしまいそうなそれは──初恋を迎えた女の子の気持ち。
この人とならきっと、幸せになれる。
男に幸せに「してもらう」のが前提の甘くて蕩けるような気持ちに、僕は戸惑いながら理解した。
(愛情って、そういうこと!?)
例えば『勇気』なら勇気溢れる子供に育つ。『友情』なら友達を大事にする子に育つ。
転生特典の各項目は、生まれ変わった後の自分がどういう性格になるかにも関わっていたんだ。
だとすると『愛情』に全振りした僕は。
どんなものにも愛を注いでしまう──天性の人たらしになるのがほぼ確定しているということで。
「あはは」
これ、あっという間に恋のときめきで前世の『僕』が消えてしまうんじゃないか。
神様が意図せず仕掛けた罠にまんまと嵌まってしまったことに、僕は一人苦笑を浮かべた。