『……むしろ、いっそのこと洗脳して欲しいくらい』
「どうして、そんなこと……」
聞かずにはいられないような、悲痛な呟き。
目を細めたルームメイトは、ハンガーにかかった自分の制服を見た。
「私は、二回目の一年生なんです」
「あ……っ」
ギャルの先輩が言っていた、留年している生徒。
「……どうして」
「授業や実習を半分以上お休みしてしまったからです。……人に会うのが、怖くなってしまって」
「っ」
思わず手をぎゅっと握りしめてしまう。
「あの人たちになにかされたんですか!? いじめだったら、先生たちに言えば……っ!」
「ここでは強い人が偉いんです」
試合とか以外での暴力みたいな犯罪はさすがにだめだけど、少し羽目を外したくらいじゃ指導はされない。
生徒には強くなってダンジョンを攻略してもらわないといけないから。
「……それに、身体を許してしまった私が悪いから」
彼女はそう言って、自分の身体を抱きしめた。
殻に閉じこもるみたいな行動。
でも、わたしの目はなにより彼女の右手に引き寄せられた。
刻印されたレベルは──12。
「私のギフトは『狂愛』。誰かに強い好意を抱いているほど身体能力が強化されます」
「もしかして、パッシブ型のギフト……!?」
「はい」
わたしはごくん、と唾を飲みこんだ。
パッシブ型はなにもしなくてもずっと働くタイプで、かなりレアだ。
「最初のLHRで自己紹介をした後、すぐにクラスの男の子から告白されました。一目惚れだ、って彼は言っていました」
「それ、って」
「そうです。私の能力を知って、いいように利用するつもりだったんです。そうとも知らずに、私は、初めてできた好きな人のために、なんでもしました」
「っ!?」
慌てて口を押さえた。
彼女の過ごしてきた地獄を想像して──疲れ切った彼女が、長かった髪を自分で短く切り落とすところまで、見たこともないのにはっきりイメージして。
怒りと寒気でおかしくなりそうになる。
なのに、当の本人は力なく笑うだけで。
「馬鹿だったんです。馬鹿で、弱くて。……今の私には、友達もいません」
恋人どころか友達と呼べる人もいないんじゃ、ギフトはきっとほとんど意味がない。
騙されていたことを知って、人を信じられなくなって──元彼氏や友達は、彼女を切り捨てた。
そんなの。
「そんなの、ぜんぜん落ちこぼれなんかじゃない! 『洗脳』なんて迷惑な力しかないわたしとは、ぜんぜん違う!」
落ちこぼれ同士なんてとんでもない。
悔しくて、苦しくて、わたしは溢れる涙を止められなかった。
「……いい人たちに囲まれていたら、あなたが苦しむ必要なんてなかったのに」
こんなに泣いたのはいつ以来だろう。
わたしは子供みたいに泣きじゃくった。
ぺたん、と座りこんだまま涙声を上げていると──急にふわり、と、抱きしめられて。
「ありがとう」
どうして。わたしはなにもしていない。なにもしてあげられないのに。
「あなたと一年早く会えていたら良かった」
そう言った彼女の目にも大粒の涙が溜まっていた。
「お願いします。……もしよかったら、私とお友達になってください」
「っ、はいっ。わたしでよければ、喜んで」
こんなところで楽しい生活なんて送れないと思ってた。
でも、この人と一緒なら牢屋みたいなところでも頑張れるかもしれない。
「わたしは夢宮ありすです。あなたは?」
「私は舞姫絵梨守。エリス、と呼んでください」
こうしてわたしたちは出会って、一晩のうちに友達になった。
◇ ◇ ◇
会ったばかりなのにあんな話をしてしまって、翌朝はちょっとだけ気まずかった。
お互いに意識し合いながらおはようを言って、くすくすと笑いあった。
それから一緒に部屋を出て。
「見てあれ。レベル0と留年生の組み合わせ」
「なにその言い方。レベル0の子が可哀そうでしょ」
「えー、レベル0とか恥ずかしくてこの学校来れないって私なら」
寮の廊下を歩くだけでひそひそと噂された。
でも、なるべく気にしないようにした。
昨日は味がしなかった寮のご飯。
美味しくて量もたっぷりなことに今更気づいた。
「あの。ありすさんのギフトのこと、聞いてもいいでしょうか?」
入学式まではあと何日かあるので、今日は特にすることがない。
部屋に戻ったエリスから尋ねられたわたしはこくんと頷いて、
「でも、どうして舞姫さんが敬語を使うんですか? 逆じゃ?」
「いえ、その。……私のは癖と言いますか、そうしていないと不安で。だめ、でしょうか?」
「そんなことないです」
子犬みたいな目で見上げられたらそう答える以外に考えられない。
するとエリスはにっこり笑って、
「……ありがとうございます。ありすさんは気にせず好きに呼んでくださいね?」
「……うん、わかった。友達だもんね」
一歳年上だからって遠慮されるほうが辛いかもしれない。
そう思ったわたしは友達として普通に話をすることにした。
「でも、わたしのは舞姫さんみたいにすごくないよ?」
でも、なんでだろう。彼女になら素直に話せそうな気がする。
「使ったことないから詳しくはわからないけど、検査結果だとね。相手にイメージを植え付ける能力なんだって」
「イメージ、ですか?」
「うん。この人が好き、とか嫌い、とか。あとは憎いとか? そういうのを本人が思ってなくても思わせられるみたい」
「じゃあ、記憶を消したりできるわけではないんですか?」
「それどころか洗脳された記憶も残っちゃうんだって」
そんなんじゃすぐ元に戻っちゃうし、狙った行動を取ってくれるかもわからない。
「みんなが思ってるほど便利じゃないのにね。使ったことないって証明するためにレベル0でいないといけないの」
「自分も使われたかも、って、疑心暗鬼になってしまいますものね」
「別に使ったって犯罪になるわけじゃないのにね」
気になって調べてみた範囲だと、ギフトで犯罪を犯させたらもちろんだめだけど、その場合でもギフトのせいっていう証拠がないと逮捕するのは難しいみたいだった。
でも、そんなこと言われたって怖いものは怖い……って、逆の立場ならたぶんわたしも思う。
無実を証明する一番いい方法は「一回も使わないこと」だ。
「……ごめんなさい。ありすさんも辛いのに、洗脳して欲しいだなんて」
「ううん。でも……そんなふうに思ったのは、やっぱり、今のままじゃ辛いから?」
「……はい。いっそ別人になれたら楽になれるのに、と、つい考えてしまいます」
わたしの『洗脳』は弱いけど、使った時間や回数で補うことはできる。
繰り返し使えば、例えば「昔のことなんか気にしてない」って思いこませたりはできると思うけど。
「洗脳なんて、しないほうがいいしされないほうがいいんだよ」
「そう、でしょうか」
エリスがわたしをじっと見つめる。
「暴力が許されるなら、洗脳だって同じだと思います。……たとえば、私を思い通りに操れたら、きっとすごく役に立ちますよ?」
「そんなことしたら、舞姫さんにひどいことした奴らと同じになっちゃう」
「そうですね」
きっといま、わたしは彼女から品定めされてる。
ふっ、と、すこしだけ柔らかい感じの微笑み。
「でも、私はありすさんに好意を抱いています。このままお友達でいられたら、と。それを強めるだけなら、利用することにはならないのではありませんか?」
洗脳して欲しい、なんて本気で言われたのは、もちろん初めてのことで。