全員揃ってるのは珍しいな。
朝のHRで、ぼんやりとそう思った直後のことだった。
「では、出席を取り──」
先生の声が不自然に途切れたと思ったら、宙に投げ出された。
幸い、落ちたのはほんの数十センチで。
「いったぁ……!?」
硬い石の床でお尻を打った女子が悲鳴を上げたくらいで済んだ。
女子?
見渡せば、クラス全員がいた。
机に向かっていた状態から綺麗に身体だけ移動させられたみたいに。
列を作って尻もちをついていて。
上を見ると高いところに石の天井。
窓もないのに空間自体がぼんやりと明るい。
前後左右、かなり遠いところに石の壁が見える。
高校のグラウンドの何倍かの広さがあるんじゃないか。
「なんだよこれ、ここ、どこだよ?」
男子の声に答えるように光る文字が浮かび上がった。
『異界の勇者達よ、よくぞ来た。どうか世界を救ってくれ』
「どういうこと? ドッキリ、とか?」
そういうのじゃないことはみんなすぐに察した。
僕たちそれぞれの目の前に光るウィンドウが浮かび上がったからだ。
『結城慎弥 Lv.1
クラスなし 残CP1
スキルなし 残SP1』
テレビの撮影とか誘拐にしてはいろいろおかしい。
僕たちを騙すつもりならたぶん、こんなゲームめいたやり方はしない。
「もしかして、映画とかでよくある感じのやつか……?」
陽キャのイケメンが呟くと、派手目の女子がこっちを見て、
「結城くんとかこういうの好きじゃない? これ、どういうことかわかる?」
「え」
いきなりこっちに振って来るんだ。
自慢じゃないけど僕──結城慎弥は人付き合いの得意なほうじゃない。
確かに言われた通り、ゲームとかアニメとかラノベとか好きだけど。
注目が集まるのを感じた僕は仕方なく床から立ち上がって。
「えっと、そうだね。たぶん、これはデスゲームとかじゃない。
アニメとかでたまにある異世界転移……ってやつじゃないかな」
自分なりの推測を披露した。
「きっとこの世界の誰かが自分たちじゃ解決できない問題を異世界の若者に託そうとしたんだよ。
このゲームみたいなウィンドウからして、彼らは僕たちに特典をくれたみたいだね。
最初にクラス、つまり職業を選んでスキルを取ると、それに応じた力が──」
「おー、本当だ。なんかクラス? 取ったら力が湧いてきたわ」
「え、もう選んじゃったの?」
まだ話の途中だったのに、気づいたらみんなウィンドウを操作し始めていて。
「こうしてても仕方ないし選んでみるかー」
「なんかいっぱいあるけど適当でいい感じ?」
「っていうかあっちにドアあるじゃん! さっきまでなかったよね!?」
「これから冒険が始まるってことか。なら、何人かでグループを作ったほうがいいな」
「……あの、みんな、もう少しいろいろ考えてから」
僕の推測なんて話半分、必要なところだけ聞いて勝手に動き出してしまった。
なんとか聞いてもらおうとしたものの、
「じゃ、お前はいろいろ考えてから動けばいいんじゃね?」
言われて、僕はみんなを説得するのを諦めた。
わいわい騒ぐ輪から外れて一人座り込み、ウィンドウを操作する。
「やっぱり。……決定を押さなければいろいろクラスデータが見られる」
強化されるステータスや初期装備、選択可能なスキルなど。
「ちゃんと見ないで選ぶなんてありえない」
きっと、みんなはまだ心のどこかで冗談かなにかだと思っているんだ。
それか、ノリで動いてもなんとかなると思ってる。
──人の話なんか聞かずに「勝手にやれ」って言うなら。
「僕は死にたくないから勝手に、できる限り準備するよ」
データの検討に没頭し始めた僕はほとんど周りのことを気にしていなかったけど。
パーティを組んだ奴らから、いつの間にか現れたドア──扉からどこかへ消えていくのはわかった。
選択したクラスの初期装備、剣や鎧を身に着けて。
たぶん、扉の向こうが本当の異世界。
「こんな準備をさせられるなら、戦いになるに決まってるじゃないか」
得られる情報から「扉の先」を推測することはできないか。
敵の傾向は? 有効な対策は? 成長するにはどうしたらいい? LVの上限は?
考えれば考えるほどわからないことが増えて、何度も何度もデータを読み返した。
……そうして、ふと顔を上げると。
「あら、ようやく気付いてくれたのね?」
女の子の綺麗な目が、ものすごく近くから僕を覗き込んでいた。
「う、うわああああああああっっ!?」
悲鳴を上げながら慌てて後ずさると、ふに、と柔らかな感触。
冷や汗が噴き出た。いや、あの、このパターンは。
「ずっと座ってたと思ったらいきなり動かないでよ、もー」
後ろにいた女の子の、大きくはないけど形のいい胸に後頭部が……!?
前も後ろも駄目なら左右どちらかに逃げるしか、と思ったら右側にしゃがみこんでくる別の女の子。
「すごく熱心に調べてましたね、結城くん」
え、あの、これどういう状況?
呆然と三人を交互に見つめていると、一人目の子が小さく息を吐いて。
「あなたを待っていたのよ。他のみんなはもう行ってしまったから」
「え、みんなって……みんな?」
「うん。もうみんな行っちゃったよ?」
僕が粗相してしまった相手があっけらかんと答えた通り。
広い地下室? は僕たち以外誰もいない、がらんとした空間になっていた。
「あの、外から戻ってきた人はいた?」
「いいえ、誰もいません」
「……やっぱりそうか」
僕はため息をつくと立ち上がる。
「なにかわかったのかしら?」
「うん。要するにここはスタート地点だ。安全だけど、一度出たらもう戻ってこられない」
「そうね。理屈はわからないけれど、そういう仕組みなんでしょうね」
すっ、と、差し出されたのはスマートフォンの画面。
そこには『19:11』と表示されて──19時?
「これ、時計ズレてる?」
「ズレてないわ。一分ごとに動いていることを三人で確認したもの」
「いや、そうすると朝から半日以上経ってることになるよ。
それにしては僕、お腹も空いてないしトイレに行きたくも……」
そこまで言って僕は気づいた。
「そうか、そういうことか。つまり『そういう仕組み』なのか」
「そういうこと。ここにいる間は安全に準備ができるようになっているんでしょうね」
空腹もトイレも気にせずデータを吟味できる。
パーティ決めに時間をかけてもいいし、ある程度なら剣の素振りとかもできるかも。
「えっと、それで──どうして僕を?」
「結城くんなら私たちにはない意見を出してくれると思ったからです」
綺麗なロングヘアが自慢の優等生で、確か有名な舞台役者の娘。
新体操部に所属している運動が得意な娘。
大人しくて、いつもは本を読んでいることが多い娘。
もちろん三人ともクラスメートなので顔と名前くらいは知っている。
でも、
「わたしもね。ゲーム、多少は知識があるの。親が厳しいから実際に遊ぶことはできなかったけど……攻略サイトを良く眺めていたわ」
「あはは。あたしもね、スマホでやるゲームならそこそこやってるんだ」
「私も、RPGはよくわかりませんが──恋愛ゲームなら」
三人にそんな趣味があったのは、知らなかった。
「だから、あなたの言うことはあながち間違っていないと思った。何が起こるかわからないのなら、慎重な人間と組むほうが得でしょう?」
そうか、だから僕を。
「ね、あたしたちにいろいろ教えてくれる?」
ああ、もちろん、そういうことなら。
「僕で良ければ、いくらでも」
みんなから突っぱねられたと思ったけど、そんなことはなかったみたいだ。
ちゃんと話を聞いてくれるこの子たちとなら、良いパーティが組めるかもしれない。
ゲームだって主人公の一人旅は危険が大きい。
仲間がいればその分だけ生き残れる確率は上がる。
そう、残り者の四人で、未知の異世界を生き抜くために──。
「じゃあ、まずはみんなで各クラスの特徴を一つずつ確認していこうか」
慎重に慎重を期して事を運ぼうとした僕は、
「あの、結城くん。すみませんがある程度かいつまんで説明していただけると……」
信頼できる仲間たちからいきなりダメ出しを受けたのだった。