「せめてお客様の前に顔出すのは止めて」
「そうそう。私たちの仕事奪う気なの?」
ある程度大きくなって物事の分別がつくようになった俺は、おかみさんから簡単な仕事を頼まれるようになった。
仕事と言っても、伝達事項をお姉様方に伝える程度の、本当に簡単なものだ。
それだって、俺が前世の記憶のおかげで普通より物分かりがいいからで。
要は優秀で従順な証拠のはずなのだが。
問題は、仕事が夜の業務時間中にも発生すること。
客前に出てもいいように着飾らされた俺がちょっとした伝達事項を客に伝えに行くと、高確率で客が相好を崩すことだった。
「可愛い子だな。歳はいくつになるんだ?」
「六歳です、旦那様」
「しっかりしているな。なあ、この子と一緒に呑みたいんだが」
「お戯れを、旦那様。子供には遅い時間でございます」
このロリコンが、とは言わないでやってほしい。
別に彼らも六歳とエロいことをしようとは考えていない。いや、一部そういう客もいるかもしれないが、例外だ。
例えば居酒屋。
酒が入って気が大きくなっている時に、店の従業員の子供がとことこ寄ってきたら「可愛いなあ」という気分にならないだろうか。
俺もそんな感じで客に気に入られたに過ぎない。
が、まずいことに、小さな子供というのは下手するとエロい女よりも人気がある。
可愛いにも二種類ある、というやつで。
犬猫と同じカテゴリに入れる幼児はある意味無敵の存在だ。
特に俺の場合は見た目も整っている。
娼館に買われて定期的に湯あみできるようになってぐっとそれがわかりやすくなった。
さらさらの銀髪に、ぱっちりとして澄みきった青目。
肌は日に焼けたことがないかのように白く、すべすべで、指は驚くほどに細い。
六歳はまだまだ子供だが、将来美人に育つだろうな、と感じさせるには十分で。
ただ可愛いだけの幼児に、プロの風俗嬢が負けたらどうなるだろうか?
いい気分になるわけがない。
お姉様方が俺を可愛がってくれていたのには「自分の領分を荒らさない」「自分よりも圧倒的に格下」というのが大きく影響していたわけで、それらが揺らいでしまえば俺は彼女たちにとって敵になりうる。
「ねえ、聞いているの?」
彼女たちも心のどこかでは、自分たちが理不尽を言っていることを自覚している。
子供が精いっぱいやっていることに文句をつけても誰も幸せになれない。
けれど、笑って流してしまうのはプライドが許さない。
人間社会というのは時に無理が道理を引っ込めてしまうもので。
仕事場を荒らされたくない、という取って付けたような理屈だけでも、年下の幼児をやりこめることくらいは簡単にできる。
「ですが、お姉様。わたしはおかみさんの命令でやっただけです」
一応、正当性を主張してみたものの、
「そういう問題じゃないでしょう!」
「言われたことをやるだけで世の中を渡っていけると思っているの!?」
お姉様方の怒りは余計に強くなるだけだった。
女の嫉妬というのは怖い。
男の嫉妬は「自分よりも強い奴」に向けられることが多い。
勝てない相手なのだから、いくら憎くてもどうこうするのは難しい。
諦めるか奮起するくらいしか手がないことが多いが、女の場合は「自分よりも強い奴」の「強さの種類」が複雑だ。
自分より学力が低くて容姿でも劣っている女でも、魅力的な男と付き合っていれば「格上」判定になったりする。
こういう場合、本人と一対一、あるいは仲間内で一人を囲んでしまえばあっさり「勝てる」。
世界の半分が「男」という「自分よりも身体能力的に勝る相手」で構成されている女たちは、その分だけ社会性という武器を用いることに長けている。
噂を流す、集団で嫌がらせをする、所有物に悪戯する、等々、なんでもやって「勝つ」ことが多々ある。
別にそれが悪だとは言わない。
不利な状況下でも生き抜こうとする能力という意味では褒めるべきだろうし、社会戦に弱い男という生き物にある種の脆弱性があるとも言えるが。
「申し訳ありませんでした。わたしが間違っておりました、お姉様」
ともかく。
弱い俺にできるのは「どうか許してください」と平伏することだけだった。
「わかればいいのよ」
お姉様方はひとまずそれで留飲を下げてくれたが、根本的な問題はなにも解決していない。
おかみさんから仕事を言いつけられればまた、俺は客前に出ざるを得ないのだ。
「おかみさん。お姉様方から怒られるので、お客様に出るのは控えられないでしょうか」
直談判してみても、案の定、おかみさんにはおかみさんの理屈があって。
「無理ね。だって、あの子たちよりもあんたの方が客を呼べるなら、ウチとしてはそれでいいもの」
娼館というのは男に一夜の夢を提供して対価をもらう場所だが、多くの娼婦はその仕事にプライドなんて持っていない。
女主人にしたところで、性病や流行り病にかからず好条件の身請け先も見つからず、その割に客からの人気だけは割とあったので「店を引き継ぐに持ってこい」と先代から託されただけの連中が多い。
経営者と従業員では視点が違う。
ましてや、従業員が客を「私の男」と勘違いしていたらなおさらだ。
しかし、
「そんなこと子供のわたしに言われても」
「あら。本当になにもわからないガキはそんなこと言わないでしょう?」
見透かされている。
現役娼婦よりもずっと経験豊富で視野も広いおかみさんの意見には一定の理がある。
金というシビアなものを相手にしている彼女にはある程度の理屈が通じるが、
「わたしに、お姉様方全員に釣り合うだけの価値はありません」
「そうかもね。今は、まだ」
人は万能じゃない。
間違うこともある。見誤ることもある。
俺の見解や判断が100%正しいなどとももちろん言えない。
先を見据えたうえで「その方が儲かる」と思っているおかみさんを説得するのは至難の業だ。
ならば、どうするか?
このまま仕事を言いつけられ続ければお姉様方の怒りを買い続けてしまう。
おかみさんとしては俺という商品を壊されるのは避けたいだろうから、ある程度ヒートアップしたところで『懲罰』を加えてくれるだろうが、それが適切なタイミングである保証はないし、十分な効果があるかどうかもわからない。
結論──俺は、この娼館で成長するのを諦めたほうがいい。
しばらくの間、客が帰った僅かな間を待ってお姉様方に話しかけるとか、接客部屋に設けられた控えのスペースに待機して話しかけられるタイミングを待つとか、できる限り衝突を避ける努力をしながら日々を過ごした俺は、最終的にそう判断した。
そして再び、おかみさんに直談判する。
「お願いします。わたしを、どこか別のところに売ってください」
おかみさんは「面白いことを言う」という顔半分、もう半分は「面倒なことを」という顔になった。
「どこかって、例えば?」
俺は人買いからこの娼館に売り込まれた立場だ。
買い値+三年程度育てるのにかかった費用を回収できなければ赤字になってしまう。
娼婦たちの反感を抑え、将来的な破綻を避けられるのならば多少の赤は見逃せるにせよ、ある程度の収支は確保できないと彼女は動かせない。
ならば、
「もっと高級な娼館。そうじゃなかったら……どこか、貴族の家に」
「あら、貴族に? どうして?」
ここはどうやら、ある程度オーソドックスなファンタジー世界だ。
ここは王国で、貴族がいる。
この娼館は中堅といったところなので貴族の客はそこまで多くないものの、おかみさんにもある程度の付き合いはある。
「わたしの歳なら養子として価値があると思います。……少なくとも見た目は、貴族の家でも浮いたりしないはず」
俺の物言いに、おかみさんは「本当に面白い」という顔をして。
「あんたは、もしかするとウチなんかじゃ扱いきれない大物なのかもね。いいわ、客にあんたを買う気がないか聞いてあげる」
「ありがとうございます」
それから。
俺を買いたい、という要望がおかみさんに受理されるまでにかかった期間は、およそ二か月だった。
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貴族令嬢ルートのほうが自然な気がしてきました
ただしまだドナドナはされてもらう