「初めまして。ユアさんの担当をしております一ノ瀬です」
「初めまして、兄の悠真です。わざわざお越しいただいてすみません」
アップにまとめた髪、シックな感じの眼鏡、きっちりしたスーツ。
寮を訪ねてきた社員さんは二十代半ばの女性だった。
近所の洋菓子店で買ってきたケーキと紅茶を出し、結愛と隣り合うようにして向かい合う。
「担当さんってマネージャーみたいなイメージでいいんでしょうか?」
「はい。Vtuberのスケジュール管理、今後の方針の策定、コラボや企業案件の対応等が主な業務内容ですね。私はユアさんの他、何人かの担当を任されております」
「それは……かなり忙しいんじゃ?」
「確かに多忙ではありますが、やりがいのある仕事だと思っております」
会話の合間に紅茶を飲み、ケーキを口にする一ノ瀬さん。
「さて。本題ですが……今回の『ユアの兄』騒動について、弊社としては放置するべきではないと考えております」
「こういうのは噂が独り歩きしますからね」
「はい。そこでこちらからアプローチし、良い意味でのバズりに変換してしまいたいのです」
結愛は「自分の分のケーキを楽しみたいけどそれどころじゃない」という様子で俺たちの会話を聞いている。
「そこで──悠真さん。ユアさんの『姉』として配信に参加していただけないでしょうか?」
「配信、ですか」
俺は頬を掻きつつ苦笑した。
「結愛に『お姉ちゃんになって』って言われて何事かと思いましたけど」
「ヴァーチャルの世界であればリアルの性別は関係ありません。中の人が男性のVtuberも数多く存在しております」
「ね? 女装とか性転換するわけじゃないし、簡単でしょ?」
「っても俺は男だし、演技もしたことないぞ」
「その辺りは問題ないかと」
テーブルの上にタブレットが置かれ、一人のVtuberの配信が再生される。
俺も見覚えのある美少女Vtuberだが、
「彼女の『中の人』は男性で、ボイスチェンジャーを使用しております」
「マジですか、知らなかった……!?」
「このように声は変えられます。抑揚の付けかた等は練習が必要ですが、悠真さんは一般人ですし、多少ぎこちなくとも問題ないかと」
横でうんうん頷く結愛。お前のせいでこうなってるんだぞ。
「もちろん、何度も出演しろとは申しません。一度顔を出していただければ『兄=彼氏疑惑』は払拭されるでしょう」
「なるほど。……まあ、一度だけなら」
「やった! ありがとう、お兄ちゃん! ……ううん、お姉ちゃん!」
「こら、調子に乗るな」
少し、いや、だいぶ流されている気がする。
◇ ◇ ◇
「防音室って独特な雰囲気あるよな」
「外の音がほとんど聞こえないもんね。すっごく集中できる感じ」
「宿題もここでやったらどうだ?」
「聞かなかったことにするね!」
結愛の仕事部屋でもあるここには掃除に来たくらいで、長居したことはない。
見慣れない機材がいくつも置かれていて、まるで別世界だ。
「まさか俺がVの配信に出ることになるとは……」
「ほらほら、そんなことよりこっち来て練習しよ?」
ボイチェンを通した状態で発声練習をしたり、適当に喋ってみたりして予行練習。
『アメンボ赤いなあいうえお──うわ、めちゃくちゃ変な感じする』
『ほんと。喋り方はお兄ちゃんなのに女の子の声!』
『うん、声だけ女になってもバレバレだな。多少は取り繕えるようにならないと』
『私も手伝うから頑張ろ、お兄ちゃん!』
夜のお互い暇な時間を利用して最低限の喋りを覚えて──。
◇ ◇ ◇
『はい! というわけで、今日は私のお姉ちゃんを紹介するねっ!』
『は、初めまして。ユアの姉のユウナです。いつも妹がお世話になってます』
防音室で隣り合うように配信に参加する。
もちろん俺はボイスチェンジャーを使った状態だ。
[お姉さんキター!]
[なるほど、アバターはユアちゃんの旧バージョンか]
『うん、そう! お姉ちゃんは一般人だからね。今日は無理言って来てもらったの!』
[じゃあ新規Vのための布石とかじゃないのか]
[姉とか妹が増えるのわりと良くあるもんな]
『あはは、まあみんなの要望がいっぱいあればそういうこともあるかも?』
『ありません。この場に出てくるだけでもすごく緊張したんですから』
練習しているうちにボイチェンを通した声には慣れた。
キャラになりきっていると思えば気も楽になる。
後は素直に質疑応答でもしていればなんとか──。
[ユウナちゃんって何歳?]
『20歳です。今は大学二年生ですね』
[敬語キャラか。ユアちゃんとはタイプ違うんだな]
『敬語ならボロが出にくいので』
[めっちゃメタ発言www]
[いいキャラしてんなお姉ちゃん]
なんかウケた。
[ユアちゃんのお姉さんがwww 大学生www]
[設定はどこ行ったんだよぉ!?]
『すみません。わたしの設定は特に作っていないんです』
[設定って言ったぞおい]
『ちょっとおn──お姉ちゃん飛ばしすぎ!』
[今回だけってユアが無理に連れてきたのに]
ともあれ、以降はなるべく波風を立てないように受け答えするようにして配信終了。
意外となんとかなったな……と、ほっとしていると、頬を含まらせた妹に睨まれて。
「お兄ちゃん!? 私のお客さん奪ってV始めるつもりじゃないよね!?」
「するわけないだろそんな事。……っていうかお前、まさかとは思うけど配信切り忘れてたりしないよな?」
「えっ」
「えっ」
幸いちゃんと配信は切れていた。
切れていたが、俺の付け焼刃の配信出演が思った以上に受けてしまい──ユアのファンたちの間でプチお祭り状態になった。
いわく「企業所属したばかりの若手Vtuber・ユアの姉はメタ発言を連発する敬語系お姉さん」。
wiki的なやつのユアの項目に俺──というかユウナのことまで書かれる有様で。
[ユアちゃん、今日はお姉さん出ないの?]
[これからもたまにユウナさんと共演して欲しい]
配信のたびにユウナユウナ言われた結愛に、俺が怒られた。
「もー! お兄ちゃんのせいで私の話をちゃんと聞いてくれないんだけど!?」
「落ち着け結愛、お前彼氏を取られて嫉妬してるみたいだぞ」
「その場合取ったのお兄ちゃんなんだけど」
「男に興味ないからすぐ返すって」
このまま放っておけばそのうちユウナのことなんてみんな忘れるだろう。
そんなことよりも晩御飯の支度だとエプロンを身に着けていると、結愛はじーっと俺の顔を覗きこんで。
「そんなこと言って、みんなにウケてけっこう楽しくなったりしない?」
「……それは、まあ。プロの裏側見たって感じだったし」
照れくささから目を逸らせば、妹は、怒ってくるかと思いきや、
「だよねっ? 楽しいよねっ!? あはっ、やっぱりお兄ちゃんはわかってくれるんだー?」
ファンを取る話はどこに行ったのか。
でもまあ、結愛が楽しそうにしているのは悪い気分じゃない。
これで「兄貴という名の彼氏疑惑」は消えたはずだし、もう俺がユウナになる日も来ないだろう。
……と、思っていたら、新たな燃料が近日中に投下されてしまった。
『ユウナちゃん妄想落書き』
あろうことかユアのデザインを担当した絵師さんが、ユウナのイメージラフを公開、もちろん非公式というかただの妄想なのだが、そのせいでファンのユウナ熱が上がってしまい。
「悠真さん。この際ですので、もう何度かユウナになっていただけないでしょうか」
「一回きりって言ったじゃないですか!」