「お兄ちゃんお願い、私のVtuber人生のために一緒に引っ越して!」
【悲報】俺氏、高3の妹から同棲を懇願される。
どうしてこうなったのか。
きっかけは、独り暮らしをしている俺(大学2年生)に実家から呼び出しがかかったことだった。
大事な話があると聞いて出向いてみれば、妹の|結愛《ゆあ》が大手Vtuber事務所所属を決めたと言う。
「凄いじゃん。ってか、お前Vやってたのか」
「えへへ、すごいでしょ? あの会社、競争率高いって有名なんだよー?」
なんてV? とか盛り上がっていると、両親が「こほん」とわざとらしく咳払い。
「ちゃんとした事務所なのはわかるけど、Vtuberなんて浮き沈みの激しい職業じゃ先行きが見えないだろう」
「だけど、プロになれるチャンスなんてそうそうないって。これは結愛の才能だろ」
「だとしても、親としては『高校卒業してすぐVtuber一本で生活します』なんて言われたら困る」
「それはそうだな」
「もー、お兄ちゃんはどっちの味方なわけ!?」
「そりゃ応援はしたいけど、安定した収入は大事だろ」
言われた結愛は「ああ」と頷いて、
「お兄ちゃん、バイト代ほとんど趣味につぎ込んじゃうもんねー?」
「俺の生活に話を振るのやめろよ!?」
今度は俺が「こほん」と咳払いする羽目になった。
「親父たちとしては結愛にどうして欲しいんだよ?」
「最終学歴が高卒は止めて欲しい。この際、短大や専門学校でも構わない」
「まあ、それくらいはしょうがないんじゃないか?」
「……むー。まあ、副業とか学校通うのとかはOKって言われてるからそれはいいけど!」
ぐぬぬ、と、お袋を睨みつける結愛。
「ママってば、会社の寮に入るの反対って言うんだよ!?」
「寮があるのか。……って、これちゃんとしたマンションじゃん。しかも家賃安っ! 部屋広っ! こんなの俺だって住みたいぞ」
「だけど、女子寮じゃないんでしょう? 女の子の一人暮らしなんて心配じゃない」
「あー。まあ、なにかと物騒ではあるよな。ストーカーとか」
「私みたいな普通の人をストーカーする人なんていないよ!」
「これからVになるんだから用心しといた方がいいだろ」
っていうかこれ俺関係なくね? と思いながら麦茶をすする俺。
「もう一回聞くけど、落としどころはどこなんだ?」
お袋が「そうね」と考えるようにして、
「結愛一人じゃ心配だから、悠真、一緒に住んであげてくれない?」
「なっ!? そっちに話を繋げるのか!?」
「あなた、さっき自分も住みたいって言ってたじゃない」
「一緒にって意味じゃないだろ! ……っていうか、男と同棲はまずいんじゃないのか?」
「ううん。彼氏とかはダメだけど、家族ならOKだって」
差し出された書類を読むと確かにそう書いてあった。
「大学からは少し遠くなるけど、二人一緒なら家賃も浮くし。あなたが今住んでるところよりもセキュリティもしっかりしてるし」
「ぐ」
「それにお兄ちゃんだって、人気Vの中の人に興味あるでしょ?」
「ぐぬぬ」
逃げ道を塞がれて唸るしかなくなったところで、結愛がうるうると俺を見つめて、
「お兄ちゃんお願い、私のVtuber人生のために一緒に引っ越して!」
「……はい」
俺は押しに負け、妹をVにするために同居することになった。
◇ ◇ ◇
そこから先はとんとん拍子に話が進んだ。
契約やらなにやらが行われ、入居日が決まるまでが約二か月。
家族会議が夏の話だったので、俺と結愛は十一月の頭には寮であるマンションの一室へと引っ越すことができた。
「うわー、やっぱり広っ! 綺麗! それにいろいろ付いてる!」
「3LDKでうち1部屋は防音仕様。家賃補助がなかったら絶対高いよな……」
寮の入り口はオートロック、部屋はエアコン完備、ロボット掃除機にある程度の収録機材まで用意されている。
「防音室は配信用にしてー、私はこっちの広いほう使うから、もうひとつの部屋はお兄ちゃん好きにしていいよー」
「ああ。それでも今まで住んでたアパートと広さ変わらないからな」
直接持ってきた荷物をいったん床に下ろしつつ答える俺。
「冷蔵庫とかリビングに置ける分むしろ広い。これで余分に棚が置ける。やっぱ本棚か? いや、プラモを飾るって手も……」
「相変わらずお兄ちゃん趣味が広いよねー」
「人生は一回きりなんだからいろいろやらなきゃ損だろ」
その日は荷解きでドタバタして、まだ食材も買ってないので近くのファミレスで夕食にした。
「ほんとありがとね、お兄ちゃん。一緒に住んでくれて」
「別に、俺もなんだかんだ得してるしな。……で、仕事始めるのっていつからなんだっけ?」
「商業用にガワをリニューアルしてもらったりしてるから、二週間後くらい? それまではレッスンとかあるんだってー」
「本格的だな、さすがプロ」
◇ ◇ ◇
『ユアだよー、みんな久しぶりー! 元気だったー?』
結愛のアバター『ユア・ウェルシア』は個人勢の頃からのキャラをほぼ維持したまま、ガワをリニューアルして企業Vになった。
天真爛漫な、ほとんど素の結愛そのままのキャラは視聴者にかなり受けているらしい。
俺としてはリアルの姿がちらつくので微妙な気分だが、ころころ変わる表情とテンポのいい喋りは俺から見ても、
「才能あるよなあ、やっぱり」
同居してるわけだし、結愛の配信はできるだけチェックするようにした。
ゲームやプラモ製作のBGMにもちょうどいいし、妹の会話は俺にとって慣れたリズムだ。
企業所属に関してはファンにもある程度は伝わっているようで、引っ越しに関するあれこれも話題に出る。
[ユアちゃん引っ越して一人暮らしになったんだっけ]
[マジ? じゃあ彼氏連れ込み放題じゃん]
『ないない。ここ彼氏連れ込み禁止だし。家族と二人暮らしだから』
[家族?]
[これは『お兄ちゃん』と暮らしてるやつでは]
[お兄ちゃん(彼氏)]
「おい、好き勝手言ってるなこいつら」
『ちょっと、みんななに言ってるのー!?』
防音室にいる結愛の困った顔が目に浮かぶようだった。
パニックになると変なこと言い出す時があるから、なにも起こらなければいいんだけど、
『私、お兄ちゃんとかいないから! 一緒に住んでるのはお姉ちゃんだから!』
「俺の存在が消されてお姉ちゃんが生み出されたか」
まあそのくらいならよくある話だよな、とスルー。
後で結愛に「ごめんなさい」と謝られても笑って許したものの、
[ユアちゃんのお姉さん紹介して欲しい]
[姉妹がいるって登場フラグだよな]
「なんか妙な方向で盛り上がり始めたな……。俺も外野なら同じこと言うかもだけど」
『え、えっとー。ごめんねー? お姉ちゃんは普通の人だからー』
勢いで言った「お姉ちゃん」の設定なんて作っていない結愛は大したことが言えない。
正直にそれを伝えようとすると「ユア・ウェルシア」というキャラが崩れて「中の人の結愛」が露出してしまう。
二次元と三次元の間にいるのが売りのVtuberとしては悪手だ。
まして、企業所属したばかりの時期に余計なトラブルは避けたい。
結愛に企業からの連絡が頻繁に来るようになって、なにやら話し合いがあったかと思えば──。
「あ、あははー。あのね、お兄ちゃん。ちょっと『お姉ちゃん』になってくれないかなー?」
「……なれるか!?」
俺は思わずガチツッコミを入れた。