選ばないという選択
- ★★★ Excellent!!!
母が浴室で転倒したという連絡を受けた「私」は、病院で付き添ったあと、半年ぶりに実家へ戻る。そこで偶然、母子手帳を見つける。消された鉛筆の線が二本残っている。母は静かに語る。「最初はね、二つ、あったのよ」。双子の妊娠だったこと、医師から「今ここでどっちか決めなさい」と迫られたこと。もう一つの命は、「卵のまま」次へ進めなかった存在だった。
この事実を知った私は、自分の生が「二択の偶然」の上に成り立っていることを意識せずにはいられなくなる。その認識は、日常の些細な場面に滲み出る。電車で空席があっても座らず、仕事の資料に題名をつけられず、床に落ちた硬貨を区別できないまま差し出してしまう。選ぶという行為そのものが、彼女にとって重さを帯びていく。
終盤、母が「考えること自体は悪くない」と告げる場面がある。それは考えてもいい、考えなくてもいい、忘れてしまってもいい。そのどれかを選ばせるのではなく、どれもあらかじめ否定しない言葉として、語られている。
私は母子手帳を捨てることも、意味づけることもせず、「ただ戻す」。決着をつけないまま生き続けること、その未完の状態を抱えたまま日常へ戻っていく姿に、生きることの現実と優しさが感じられる。