「これがほんとの“手・記・”ってね」

タイトルの「鳴手」が「成手」、そして「形手」へと変化していく構成が秀逸で、こわい。同音異義語を使った三段階の展開(手を鳴らす→人に成り代わる→形を成す)が、物語の恐怖と絶望をじわじわと深めていきます。
作品前半の、美術室の静寂や鉛筆の質感に関する描写がすばらしい。
たとえば、
「4Bの鉛筆の柔らかく素直な描き味」
「紙を捲るときの風情ある音」
「辞書のような薄い紙、画用紙のような厚い紙」

これらの日常的なディテールが丁寧に積み重ねられているからこそ、後半に起きる「絵が動く」「入れ替わる」という非日常的な怪異が、より生々しく、恐ろしく感じられます。
そして最後の「これがほんとの"手・記・"ってね」
手になってからも残るユーモアのセンスが、かえって主人公の絶望を浮き彫りにします。口がないから誰にも届かない、このダジャレの切なさ。だが同時に、「手」の形だったからこそ彼は手記を書くことができた、というこの皮肉な救済もまた、作品の深みとなっています。