命懸けの「美味しい」を探求する、知的でユーモア溢れる食のミステリー

本稿は、石川県の郷土料理「ふぐの子糠漬け」を題材に、なぜ先人たちが死のリスクを冒してまでこの禁断の味をモノにしたのかを考察した、非常にエンターテインメント性の高い食エッセイである。

著者はまず、現代科学でも完全解明されていない減毒の仕組みを提示し、読者を未知の領域へと誘う。

そこから始まる「製造工程の推測(という名の面白い予測)」のパートが秀逸だ。「河豚の卵巣を食べる → 死亡」という、あまりにも身も蓋もない失敗の積み重ねを、軽快な語りを交えてテンポよく描く手法は、残酷な歴史を笑いと興味に変えるマジックのようである。

特に鋭いのは、「飢饉説」や「偶然説」を自ら論破していく過程だ。
「その米糠を食べるはずだろ」

「いざという時の備えに態々危険度の高いブツを使う必要はない」

こうした現実的かつ論理的なツッコミが、この料理の持つ「異常性」をより際立たせている。さらにミステリー的な視点まで持ち出す想像力の豊かさは、読者を飽きさせない。

最終的に著者は、この技術の源泉を「食欲の先にある想い」や「愛」に見出す。

生きるために必須ではない「ふぐの子」を食べるという行為を、生存の延長線上にある「文化の花」として定義する結びは、非常に哲学的で美しい。他者から見れば「バグ」のように見える食文化こそが、その土地の豊かさの証明であるという主張には、深い洞察と愛が感じられる。

毒と旨味、死と生、そして科学と妄想。
相反する要素を「お酒への愛」という軽やかなスパイスでまとめ上げた本稿は、単なる珍味の紹介文ではない。不合理を愛し、美味を追求し続ける人間という種の「業」を肯定する、実に爽快な人間賛歌である。

このエッセイを読んで、「ふぐの子糠漬け」と日本酒の組み合わせを飲まざるをえられなくなった。

検証の為に、良い日本酒とふぐの子糠漬けを取り寄せねばなるまい。

その他のおすすめレビュー

乃東 かるるさんの他のおすすめレビュー181