静謐な狂気と、瑠璃色の迷宮。
- ★★★ Excellent!!!
本作は、一族の男たちが背負う「宿命」と、日常の足元に口を開けた「異界」の境界線を、端正な筆致で描いた幻想小説です。
物語の舞台は、数寄屋門を備えた古い日本家屋。独り暮らしの叔父の急逝により、その家を継いだ青年・穣は、かつて叔父が口にした「けっして触っちゃいけないよ」という不可解な戒めを思い出します。庭に茂る「リュウノヒゲ」の葉陰に隠れた、宝石のように美しい瑠璃色の実。その禁忌の言葉と、突如現れた謎めいた女性「瑠璃」の存在が重なり合う時、物語は静かに、しかし抗いようのない速度で変貌を遂げていきます。
特筆すべきは、五感を揺さぶる「質感」の描写です。立ち上る茶の湯気、清潔に磨かれた仏壇、そして時折混じる、夏の盛りとは思えぬほど「ひやりとした肌の冷たさ」。著者は、目に見える日常を丁寧に積み上げることで、その裏側に潜む非日常の輪郭を鮮やかに浮き彫りにします。
一族の男たちが共通して持つ「枯れた隠者のような目」とは、一体何を見つめてきた果ての姿なのか。叔父の遺した手帳の断片が示唆する、美しすぎる実への「執着」の正体とは。
読者は、穣とともに誘惑の淵に立ち、神秘の予感に震えることになります。読み終えた後、あなたの家の庭に茂る名もなき草むらが、今までとは全く違う「顔」を持って見えるかもしれません……。