その「名前」、誰に見せるためのものですか?

「格安・最上階・南向き」。

 不動産屋が提示したあまりに完璧な条件に、あなたは胸を躍らせるはずです。
 しかし、契約書にひっそりと刻まれた「不可解な一項目」を目にした瞬間、物語の温度は一気に「あ、これダメな物件かも」と空気が冷たくなりました。

 本作の白眉は、読者の日常にある「当たり前」を、じわじわと異形なものへ変貌させていく手鮮やかさです。
 
 「ポストにはフルネームを」。
 ただそれだけの約束事が、これほどまでに重く、そして恐ろしい意味を持つとは誰が予想できるでしょうか。ルールを遵守する「私」と、それを鼻で笑う「彼」。
 二人の温度差が、逃げ場のないマンションの一室で、取り返しのつかない亀裂を生んでいきます。

 深夜、静まり返った部屋に響き渡るチャイムの音。ドアスコープに映らない訪問者。そして、物理的にあり得ない場所から聞こえる「荷物」の音……。五感を逆なでするような描写の数々に、心拍数は上がり続け、読み手もまた、主人公と共に暗闇の中で立ち尽くすことになります。

「もし、自分だったらどうするか?」
 読み終えた後、その問いが頭から離れません。この物語を読み終えた時、あなたはきっと、自分の家の玄関に貼られた「名前」を、今までにないほど強い不安とともに見つめ直すことになるでしょう。

 極上の違和感を味わいたい方へ。この物件、内見(通読)してみませんか?

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