いやあ、ヒトって本当、食べることが好きですよね。
「これ毒あるぜ? この間あそこの誰々が──」
「あら、毒があるならなくせばいいじゃない」
「いやこの毒どうにもならねえぜ? もうやめにした方が──」
「どうにもならねえことがあるものですか。よござんすか、この世に食えぬものなんぞねえのですよ」
いつか誰かが、こんなことを本気でやってたんじゃないかと思えるようなエッセイでした。
そこまでして食べたいか⁉︎ とも思いますが、食べたいのでしょうねぇ。
少しでもうまいものを! 少しでもうまく!
こうした好奇心と欲と知恵とで、文化が生まれる。素敵なことです。
ここから何百年と経ったら、人類はまた我々の想像もつかぬものを安全に当然に食べているのでしょうね。
ちょっと喋りすぎてしまいましたが、ヒトを魅了してやまぬ「食」と「美味」
それについていろいろと考えてみたくなるお話、ぜひ読んでみてくださいな。
本稿は、石川県の郷土料理「ふぐの子糠漬け」を題材に、なぜ先人たちが死のリスクを冒してまでこの禁断の味をモノにしたのかを考察した、非常にエンターテインメント性の高い食エッセイである。
著者はまず、現代科学でも完全解明されていない減毒の仕組みを提示し、読者を未知の領域へと誘う。
そこから始まる「製造工程の推測(という名の面白い予測)」のパートが秀逸だ。「河豚の卵巣を食べる → 死亡」という、あまりにも身も蓋もない失敗の積み重ねを、軽快な語りを交えてテンポよく描く手法は、残酷な歴史を笑いと興味に変えるマジックのようである。
特に鋭いのは、「飢饉説」や「偶然説」を自ら論破していく過程だ。
「その米糠を食べるはずだろ」
「いざという時の備えに態々危険度の高いブツを使う必要はない」
こうした現実的かつ論理的なツッコミが、この料理の持つ「異常性」をより際立たせている。さらにミステリー的な視点まで持ち出す想像力の豊かさは、読者を飽きさせない。
最終的に著者は、この技術の源泉を「食欲の先にある想い」や「愛」に見出す。
生きるために必須ではない「ふぐの子」を食べるという行為を、生存の延長線上にある「文化の花」として定義する結びは、非常に哲学的で美しい。他者から見れば「バグ」のように見える食文化こそが、その土地の豊かさの証明であるという主張には、深い洞察と愛が感じられる。
毒と旨味、死と生、そして科学と妄想。
相反する要素を「お酒への愛」という軽やかなスパイスでまとめ上げた本稿は、単なる珍味の紹介文ではない。不合理を愛し、美味を追求し続ける人間という種の「業」を肯定する、実に爽快な人間賛歌である。
このエッセイを読んで、「ふぐの子糠漬け」と日本酒の組み合わせを飲まざるをえられなくなった。
検証の為に、良い日本酒とふぐの子糠漬けを取り寄せねばなるまい。
人は希求するのです。生と死に関わることを。
その二つは重なるほどに、人を狂おしく駆り立てるのです。
エロスとタナトスです。
だから死にギリギリ近い食べ物だって好んで食べます。
吸収できなかったり、粘膜ぶっ壊したり、代謝阻害したりする物質が人間は大好きなんです。
フグのもつ毒の毒たる卵巣。
それをわざわざ食べ物とする〝ふぐの子糠漬け〟とそれを完成させ継承している文化が本作では示されてます。
それは狂気でも間違いの結果でもない。
人の本質的な嗜好なのです。
社会学者、ロジェ・カイヨワは人の遊びの4つカテゴライズの一つに「眩暈/イリンクス」を設けました。
人はクラクラすることが大好きなのです。
ラリったりしたいのです。
それが毒と毒食いの文化となったのです。
本作はそこに至る人の行いの有り様をコミカルな空想劇として描きます。
とても笑える。楽しいです。
人の愚かさと、愛おしさが溢れているのです。
人間の本質を描く本作を、ぜひご一読ください。
言わずもがな、河豚という魚には毒があります。
中でも卵巣にはテトロドトキシンという猛毒がたっぷりと含まれ、その毒性は青酸カリの1000倍、人間なら1匹で10人の中毒死が可能といいます。(北海道庁HPより)
そんな猛毒の河豚の卵巣を調理して食べる、『ふぐの子糠漬け』なる珍味が石川県に存在します。
徹底的な塩漬けと糠漬けにより無毒化に成功していますが、そのメカニズムについてはいまだに不明であるとか。そのため、調理法についてはその“解毒成功ルート”が厳守されています。
しかしそもそも、この料理はどういう過程や歴史を経て現代に伝えられてきたのか。本エッセイではその謎について考察します。
偶然から生まれたのか、刑罰用として用いられたのか、純粋な「食欲」から追い求められたのか……その真相はわかりません。
しかしながら、当時の人々はその「食欲」の向こうに何を見ていたのか……そこに思いを馳せることは浪漫であり、引いては世に存在する多様な食文化への理解の萌芽でもあります。作者様の文章も丁寧で読みやすく、真摯な言葉には体重が乗っているようで、短編ながらも読み応えがありました。
寒い季節、これから河豚を食する機会があれば本エッセイをお供に、先人たちの労苦と情熱に思いを馳せながらひれ酒一杯など、いかがでしょうか。
本作は非常に硬派な、科学に基づいた珍味の成立過程に関する考察である。
しかし、とっつきにくそうなどという心配は無用。
今回、議論のテーマとなっているメニューは、ふぐの子糠漬けだ。
ふぐが毒を持っていること、そして美味であることは誰もが知るところであろう。
ふぐの子糠漬けは、毒のない可食部ではなく、毒性の強い卵巣部分を無害化させて作る珍味である。
ふぐの子糠漬けの成立過程を考察する作者の視点は鋭く、それでいてユーモラス。
なおかつ、食べることに対する愛と、食べるということに執念や狂気とも呼称してしまえそうなほどの愛と情熱を傾けた先人たちへの愛に満ちている。
作者が深い考察の果てに食欲の先に見たものを、是非あなたの目で確かめてほしい。
中毒性はあれど、毒性は皆無であることを私がここに証明しよう。
資源や食糧難問題において「解毒」「毒抜き」「無毒化」は素晴らしい文化かもしれません
昆虫食は何らかの生態系を崩す危険があります
進化や退化、生態淘汰が速い生物を人の手で弄るのはその種を絶滅させるほどの、いえ、どちらかと言えばその食物連鎖の前後に多大な影響をしかねない
肉食の生物では「生物濃縮」が起こり、ヒトに感染しなかったウイルスや寄生虫を変化と進化を起こしかねない問題がある
そういった観点から、犬、猫、猿といった食文化は流石に止めなければいけません
そういった事象と観点から考えると、手間ひまをかけて多くのモノを昇華する日本の根気と器用な手先から生まれる素晴らしい文化と価値観だと、この毒抜きの技術も世界が学ぶべき知恵の一つですね
あらためてそんなことを考えさせてくれる素晴らしいエッセイでした(●´ω`●)
近頃、住んでいる市からも
「フグの卵巣は食べないでください」
「免許のない人は調理しないでください」
「死にます」
と、注意喚起のLINEが届く季節となりました。
このエッセイは、まさにそんな話。
どこまでもどこまでも、食に対して貪欲な日本人。
え? なんでそんなん食べようとしたんよ?
と、物産展やら道の駅やら行く度に見かける品々に
過去の挑戦者の様を想像する私としては、
まさに痒い所に手が届く、
極上のエンターテインメント作品でした。
なんも考えずに、スマホ見ながらご飯食べてる人に
是非考えながら読んで欲しい作品です。
珍味の珍の字は、何も珍しい食べ物という意味じゃないんです。
「食欲にとらわれた珍獣たちが
生死を彷徨いながら作り上げ、
きっとその家族ももうやめなよと葛藤しながら
どうにか出来上がった、けど毎日食べたい味わいではない
美味い味」
それが珍味だと、読後にあなたも思うはず!
フグと言えば、現代では免許を持つプロだけが調理を許される猛毒の持ち主。
しかし、石川県にはフグの中でも最も毒素が強い卵巣を、数年かけて無毒化させた「ふぐの子糠漬け」という驚天動地の珍味が存在します。
本作は、現代科学をもってしても完全には解明されていない(どうして無毒化されるのかわかっていません)「ふぐの子糠漬け」が生まれた経緯について、ユーモア溢れる妄想を交えて迫る極上のエッセイです。
何より、遠部さんは文章がめちゃくちゃ上手いんですよね。読むのが大変気持ちの良い文章を書かれます。
とっても読みやすくておもしろいエッセイを、ぜひあなたもお読みください!
外国人は度々、日本の食に対して「Crazy」と称します。
見た目が奇妙でグロテスクな類であるタコやナマコに始まり、棘だらけでおおよそ食べられそうにない見た目のウニ、魚の精巣である白子、腐敗した豆である納豆、手間暇かけて毒抜きした割に対してさほど栄養価もないこんにゃく、完全に見た目は木材で「世界一固い食べ物」である鰹節、他国ではサルモネラ菌による食中毒の危険性が高い生卵、そして毒魚であるフグ。
国際ジョークの中にも「エイリアンが攻めてきても日本人は醤油をつけて食べる」とか言われてるレベルです。
それくらい「訳の分からないものでもとりあえず食ってみよう」が先に来た結果、日本の食文化は実に多岐にわたって花開きました。
とにかく、国レベルで食事に対する執念が凄まじいです。
食べ物を粗末にした瞬間日本人は鬼になりますし、一方食料資源絡みで国際的な逸話を残した例は、モーリタニアのタコやロシア・ノルウェー間のカニ、ソマリアのマグロなど、なかなかに幅広いです。
食の研究にも熱心で、ウナギやマグロの研究は勿論、養殖フグの無毒化なんてのも度々話題に上がったりします。
我々日本人が飯狂いになったのは、おそらく日本という国の立地条件が原因でしょう。
国土の約7割が山林で、活用できる平地が少ない。
おまけに河川は短く流れが急で、滝のようだと称される。
地震や台風などの自然災害も頻繁に起こり、その上高温多湿で食べ物も傷みやすい。
要するに生活環境がハードモードすぎて、めちゃくちゃ食べ物の存在が貴重だったと考えられるわけですね。
とりわけ米への執着は神聖視レベルといってもよいでしょう。
とにかく、厳しい食糧事情から、あるものは何でもとにかく食ってみる、今は食えなくてもいつか必ず食ってみせる、という異常な執念を見せるようになったわけです。
そんな日本人でも、「奇妙な食べ物」として首をかしげること間違いなしの食べ物が、フグの卵巣を謎の独自技術で奇跡的に無毒化してしまった「フグの子糠漬け」です。
フグの卵巣なんて日本人でも激烈にヤバいことなんて周知の事実です。
にもかかわらず、卵巣の無毒化に成功させてしまっているのです。
現代科学においても無毒化のプロセスが解明できてないという、ある種オーバーテクノロジーの産物です。
日本人の食い意地の極みです。
どうしてそこまでして食いたいんだ。
美味いのか。
美味いんだな。
そうかそれならしょうがない。
私も食いたいから食わせろ。
世界で最も奇妙な食事情の国日本の、最も奇妙な食べ物。
そこに書ける思いの丈が、ユーモアたっぷりに語られています。
皆さんも今一度不思議な国の食べ物について、一緒に考えてみませんか?
これは本当に、「共感!」、「納得!」と何度も頷かされてばかりでした。
フグ料理。現代でもそこそこの値段を出せば刺身とかにして食べさせてくれる店はちょこちょこと見つかります。
テトロドトキシンという毒を持っているので有名で、よく知らないで調理しようとすれば毒に当たって命の危険もある食材。
でも、それを食べるようになったのは現代になってからの話ではない。江戸時代の頃にはもう食べられるようになっていた。
これ、本当にどういうことなんだろう?
小学校の時にフグ毒の話を知ってから、疑問に思っていたことでもありました。現代のような科学検査キットもない時代。そんな時代にどうやって「どう調理すれば安全になるか」というのを確認できたのか。
本作では「ふぐの子糠漬け」のメニューを中心に、毒を緩和するための処置とか、毒の有無を検証するのに行われたかもしれない方法などが検証されていきます。
フグは危険なものではあるけれど、贅沢な食べ物でもある。命の危険を乗り越えてでも「美食」を実現しようとした過去の人々。
彼らの胸にはどれほどの情熱があり、どんなドラマを経て現代の調理法が確立されたのか。改めて大きなロマンも感じさせられる出来事だな、としみじみと感じ入らされました。
食に関して言えば、フグももちろんそうなのだが、
私にも、「初めてそれを食した人間は、どういうつもりだったんだ!?」という食べ物が3、5個ある。
最初の0.5は、ベタすぎるが納豆だ。まあこれに関して言えば、痛んだ豆を捨てるのが勿体無いからであるという、農家の切実な思いがあるのだろう。
次は、ワサビ。これだ。
最初に食べた人間はどう思った!? 私が最初の一人だったら「これ絶対毒です!!」というと思う。
次は、ナマコ。
これは、味云々より、なぜそれを口に入れようと思ったのかが理解できない。
最後は、燕の巣だ。
そもそも鳥の巣を食べるという発想が湧かない上に、燕の巣は、滝の裏にあるという。
なぜ、わざわざそんなところに行って、そんなものを食べたのだろう?
ふぐにしろ何にしろ、それを最初に食べた人間はいる。ウニだってそうだ。チーズだってそうである。
そういう、ファーストマンに敬意を払い、今日の酒のアテをいただくわけだ。
遠部先生といえば重厚なホラー作品ですが、
こちらはエッセイ。普段とは違うテイストを味わえます。
ご一読を。
美味しいものを追求するのは人間の本能?
ええ〜っ、これ最初に食べた人、相当な勇気ある人だねって食材は世の中にいっぱいあります。
フグはねぇ、今は捌くのに免許がいるらしいし、卵巣に毒があるの知ってるから普通は身以外は食べないですよね。
ところが石川県の郷土料理にフグの子糠漬けというのがある。他にも美味しいものが沢山ある今の世の中、わざわざ食べなくでもと思わないではない。
それがどうやって作られたのかを考察したエッセイです。
さまざまな可能性を挙げていて、なるほど!と興味深く読ませていただきました。
遠部さんの理路整然とした文章で、熱量も伝わってきました。
是非読んでみてください。
といったものの、そこまで大仰なものではございませんw
普段はホラーばっかり書いてる遠部さんが、カクコン用に、普段から考えておられた食に関する一考察を著されたエッセイです。
フグは食いたし、命は惜しし。とはよく言ったものです。
どの時代でも、美食を追求するチャレンジャーはいたことでしょう。きっと死んだ人も沢山いるでしょう。
個人的には、ホヤとかナマコとか、まああれも相当ですけど、……あれを齧ってみようっていう気持ちは全く分からず、きっと仲間から「あーあ、しらんぞ」って言われたと思いますが、あれは生鮮食料品だからきっと死ぬことはなかったでしょう。
ですが、発酵食品はどうなんでしょう。よく言うじゃないですか、羊の胃袋にミルクを入れて旅に出たら(ほんとか? 半日で腐るんじゃないか?)、発酵してチーズになってたんだけど、なぜか「勿体ないから食ってみっか?」ってあれ。相当ですよ、この人、チャレンジャーですよ! 納豆や鮒ずしも同じことが言えると思います。
と、学研の発明・発見のひみつ、を思い起こさせられる好編でした。
こういうエッセイは大好きです。
お勧めです。是非お読みください。