美しく受け継がれる文化・伝統の、尊い犠牲者たち

全体的にファンタジーのような気配を帯びている作品であるが、この現人神の制度は現実にある“クマリ”というネパールの「生きた女神」をモデルにしたものである。
(“クマリ”をモデルにしたという点については著者の近況ノートに記載されている。)

その、どこか現実離れしているが故の、文化的な美しさと恐ろしさ。

この物語においても、その文化・宗教・伝統の名のもとに、1人の少女とその周りの人間たちの運命が一変し、翻弄される。

翠の恋心。
玲の商人になるという夢。

それらは、たとえ自由な人生を生きたところで、叶うかどうかはもちろんわからない。
ただ、彼らはその夢に向かって生きたかったことだろう。

若い二人の願いや希望は、この伝統の為に当然のように潰えることとなる。



物語において、翠が女神の化身であるというような『神秘的な奇跡を起こす』というシーンはない。
翠はあくまで、ただ“選ばれてしまった少女”であった。
ひとりの少女として生きたかった翠にとっては、自身が女神として選ばれたのではなく、女神に捧げられた生贄のようにも思えたことだろう。



ここからは、ラストについてのネタバレになるので、読まれていない方は注意してほしい。


最終的には、翠は帝と生きることになる。
読む人によって異なる見解を持つと思うが、わたしは翠は帝に対して、愛情を抱いてはいないように思った。
そこにあるのは、「陛下をお護りします」という強い決意のみではないだろうか。

翠は玲の“国一番の商人になる”という夢を奪ってしまったことで、ずっと心に重く沈んでいた。
その玲を、また夢に向かって歩ける人生に帰したことで、玲に自由に生きれるはずだった“翠”を託し「暎花」としての自分を受け入れたのだ。


悲しく運命に翻弄される少女の心の動きと変化を描き出している、見事な筆致に感嘆の息が漏れた。
恋物語的なハッピーエンドにしなかった現実的な結末が、返ってとても胸を打つ作品である。
そのことによってテーマがより深みをもっていたように感じた。

これは、長く続いてしまったがゆえに価値を持ってしまった文化の、是非を問う物語ではないだろうか。

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