己の弱さと向き合って

父を陥れられ、すべてを失ったセシリア。
冤罪の真相を知るために男装し、セシルと名を変え宮殿へ――という物語です。

セシルには香りを嗅ぎ分ける特技があり、それは異能と言っていいレベル。
彼女が感じるのは新しいインクや古びた羊皮紙の匂い。そして人の焦りや恋さえも――!

誠実であれ。それがセシルの父の教えでした。
しかしセシルは身分も性別も偽っています。嘘をつくたびに口中に苦い偽りの香りが広がります。
父の名誉のために、父の教えに背く……そんな自分にセシルは揺れ動きます。

しかしこの物語、登場人物みんなが胸に様々な機微を抱えているのです。
人生の重圧。失敗への恐怖。我欲。
みずからの弱さと戦う人々がぶつかり合うことで、物語の佳境では息詰まるような苦しさが描かれました。
でも誰もが自分自身を見つめた先で吐露されたのは、愛。それが優しい救いとなっています。

また特筆すべきは〈郵便小姓〉という架空の仕事。書状を集荷し配達する宮殿の部署です。貴族の暮らしや政治を支える仕組みであり、セシルはそこに潜入します。
その仕事ぶりを提示することにより国家の在りようまでが浮かび上がる作品の骨組みは、作者の巧みさだと思います。
繊細に描写される王宮と、そこに暮らす王族から下女までの息遣いに触れられる、文句なしの良作ではないでしょうか。


真実は時に厳しく、優しさからの嘘もある。
眩い光の下には深い影ができる。

何重もの層になり紡がれていくセシルたちの物語に、どうぞ出会ってみて下さい。

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