メモラビリアに対する深い依存――その先に待つのは慈愛か、それとも破滅か
- ★★★ Excellent!!!
この物語の中心をなすメモラビリア――過去の記憶をそのまま『再現』できる人間を模した道具。彼の名はチル。見た目は生きた人間と遜色ない美しくも冷たい存在で、彼が見たもの、聞こえた音、その場の空気、その全てが彼の中に刻まれるまさに生きた精緻の再現装置でした。
主人公のフェリクスは母の死後、悲しみに暮れるも、母の生前の『再現』をメモラビリアのチルに求めるようになります。
母を演じろと――
母の優しい声で愛の温もりを語りかけるチル。その精緻で高度な再現性。フェリクスはその回帰的な愛に高揚し、心の痛みを慰められ、次第にのめり込んでいきます。そしてチルがいなければまともな精神を保てないほど病的に依存していくのです。
チルがまるで生きた麻薬であるかのように、私は息を呑むように陶酔しました。
この二人のやり取りは決して他者から見られてはならない、鍵をかけた二人だけの部屋で秘密に秘密を重ねた末の禁断の愛の道楽へと耽っていくのです。それに伴いフェリクスは公務を怠け、惰性を貪る生活へと成れ果てていく退廃美がありありと描かれ、胸にまとわりつくようなリアリティとして迫ってきます。
やがてフェリクスは父となり、二人の息子を授かりますが、チルからの深い慰めから抜け出せないまま歳を重ね、息子たちとの立場は逆転し、素行疑惑をもたれるように。やがてチルは結核を患い、その命を終えようとしていても、フェリクスは依存に絡め取られた自制心を抑えきれず、チルの尊い命を削ってまで『再現』を繰り返してしまうことに。その結果、チルの死期を早め、フェリクス自ら首を絞める展開は何とも皮肉です。
最後に笑うチル。
その笑顔の下に隠れているのは、慈しみに対する愛でしょうか?
それとも、救いようのない愚かさへの嘲笑的な哀れみでしょうか?
サブタイトルの回収劇を目の当たりにした時、瞳が磔にされるほどの衝撃を覚えました。
次第に暗い影を落としていくグラデーションが時を追うごとに心を侵食していく、そんな死へ傾倒していく依存的な心理描写は秀逸です。
退廃的で破滅的な甘美なるダークブロマンスの真価を、是非ご堪能ください。