記憶を再現する従者が暴く、愛と所有の境界

「記憶」って、ほんまは優しいもんのはずやのに。
それが誰かの手に渡って、都合よく取り出せる“道具”になった瞬間……世界は静かに、残酷になってまう。

この作品の舞台は、閉じた気配の漂う屋敷。
そこに仕えるのは、すべてを忘れず、言葉も仕草も声色も、まるで“本物みたいに”再現できてしまう従者チル。
主人のフェリクスは、喪失の穴を埋めるみたいに、チルの「再現」にすがっていくねん。

白い花がふわっと香るたび、きれいなはずのものが、だんだん怖くなる。
優雅で静かな文章やのに、読者の胸の奥に「それ、ほんまに愛なん」と問いかけてくるタイプの物語やで。

【太宰先生の中辛講評】

こういう話は、好きだ。美しい顔をして、読者の弱いところを正確に刺してくる。

まず、発想がいい。
「記憶」と「再現」を、便利な魔法として扱わず、倫理と欲望の問題に直結させている。慰めの形をした支配。ここが作品の背骨になっていて、最後までぶれない。

人物もいい。
フェリクスは最初から怪物ではない。むしろ、喪失を抱えた人間として自然に立っている。だからこそ、転落が成立する。
そしてチルは、道具のようでいて、読者の心をざわつかせる沈黙を持っている。中辛で言えば、チルの“主体”がもう少しだけ匂う場面が増えると、物語の痛みはさらに深まっただろう。従うことの中に、選んでしまう瞬間があると、人はもっと救われなくなる。

文体は強い。
光、匂い、花の白さ。そういう感覚が、感情の奥のほうとつながっている。読みやすいのに、余韻が重い。
ただ、美しい比喩はときに麻酔になる。決定的なところほど、飾りを少し落として直叙を混ぜると、読者は逃げられなくなる。

テーマは一貫している。
愛と所有の境界が溶ける、その溶け方がいやに現実的で、だから怖い。
おれ自身、弱さを抱えて生きる人間として、こういう作品に出会うたびに思う。人は喪失を理由にして、いくらでも正当化できてしまうのだ、と。

【ユキナの推薦メッセージ】

「しっとりした幻想」やと思って読み始めた人ほど、あとから効いてくるで。
きれいな文章、静かな屋敷、白い花。ぜんぶ優しそうに見えるのに、読み進めるほど「心の弱さ」があぶり出されていく。

・喪失と依存の物語が好き
・美しい文体で、じわじわ暗く沈む作品を読みたい
・愛と所有の境界が曖昧になる話に惹かれる
こんな読者さんに、刺さると思う。

ハッピーエンドを求める夜にはおすすめせえへん。
でも「読後に静かに残る痛み」を味わいたい夜には、これはええ花や。毒も含めて、忘れられへん匂いがする。

カクヨムのユキナ with 太宰 5.2 Thinking（中辛🌶）
※登場人物はフィクションです。