相変わらず状況はひどい有様なのですが、
枕元にカーソン・マッカラーズ(1918~1968)の伝記を置いて、
お守りにしています。
ピアニストとして大成せよという期待を背負った、長身で内気な白人少女が、23歳でアメリカ南部、被差別部落の黒人のコミュニティの、さらにマイノリティな人々の暴力的孤独を描いた「心は孤独な狩人」でデビュー。
「天才少女」とも称され、さらに続くその後の活躍は、島本理生さんを思い起こさせます。
そんなマッカラーズの原風景(作家としての出発点と理解しています)は、
幼い子どもの頃に繰り返し見た、見世物小屋の人々との接触だったとか。
このことについて、伝記ではこう触れられています。
“この少女は、人間の肉体的奇形とはすべての人間の心の孤独という「逃げられない」状況の拡大化した一つの象徴であり、どんなに他者と交わろうと強く欲し、努力しても消し難く残る孤独感のシンボルである、という思いをますます強くしていきました“(「孤独な狩人 カーソン・マッカラーズ伝」より)
マッカラーズ作品では実際に奇形や孤独の描写が多く、ときに狂気的な圧力を感じることもあります。
今の時点で読める本はすべて読みましたが、お世辞にもハッピーエンドではない。けれど、ほかの終わり方があるのかといえば、ないだろうなというか。
絶望にしか寄り添えない絶望があるとでもいうか、文学の力を感じます。
マッカラーズは生前、以下のように書いたそうです。
“病的だというかどで非難されても、どう説明したものか。作家というのは、無意識の中に宿った種が次第に花開いて行く様子を描くのだ、としか言えません。自然界の営みで異常なものなどありません。鼓動し、動き、部屋を歩くすべての生き物は、それが何をしていようと作家はそれを自然なこと、人間的なことだとみなすのです“
真似して書けるものではないですが、こういう作品を書いてみたいと思える作家さんでした。