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太陽は遠くても。

昨日は生まれて初めて、プロのアーティストさんに近い距離(カラオケボックスのビップルーム)でお会いして、衝撃波にやられていました。

正直に言って、お人柄含めて、
何もかもが同じ人間とは思えない。

もうこうなると逆にダメで、昨日はカクヨムは金輪際やめたほうがいい、表現力っていうのはああいうものだ、もともと背伸びしすぎたんだと、後ろ向きな矜持とともに布団に潜り込んだのでした。

ところで最近、1910〜30年代の女学生の間で一世を風靡し続けたという作家・吉屋信子氏の作品にハマっているのですが、その吉屋氏を敬愛する作家様の作品に書いてあったのが。

「誰が何と言おうと、私はこの服を着るために生まれてきた」(意訳)

ちなみに、服=ロリータ服です。
作家の川野芽生さんも、同様のことを仰ってました。

昨日のヒーナキャット様も、そういえばラジオで、「60歳までこれで通す」とまで言われてたんですよね。

その姿を見て萎縮されるのは、ましてそれを撤退の理由に使われるのは、ご本人としては不本意でしょう。

もう少し、頑張ってみようかと思います。
何ができるかは、分かりませんが。

ちなみに、9月にもライブでこちらに来るとのこと。そのときまでに、FCに入り直して、打ち上げに参加できるように、貯金を頑張ろうと思います。

4件のコメント

  • 音楽は、いいものです。心のケアにとてもいい。ライブは、心の解放。でも、観るには、お金も必要ですね。貯金を頑張ってください。おやすみ(-_-)zzzなさい。
  • 執筆でも同じメンタルになることはよくあります。素晴らしい作品に感銘を受けると共に「とても敵わない、辞めてしまおう」という。

    ですが、クオリティや「凄さ」ではなく、「ちょうどいい」内容というのもまた、同様に誰かの心に刺さるのではないか。という持論と言い訳(w)を胸に、今日も執筆を続けています。

    不適切な言い方になってしまいますが、受け取り手の力量もまた千差万別ですから、徒に高品質なものばかりを並べるのも、それはそれで息苦しいのではないかとも思うのです。
    私の作品などは、謂わば駄作の山の中のラッキーヒットを狙うようなものである事は否めません。でも、西奈さまに読んでもらえた、という事実が救いでもあります。
    求められているのは、品質や万人が認めるもの、ではなく誰かの心に届くものであると、そう思って書いております。私もそこを目指して生きていこうと思っています✨️
    また読ませてください、待っております。
  • >トシキ障害者文人様

    よく、「ライブに行くと全然違う」と聞いていましたが、本当でしたね。感激がありあまり、聴くしかできませんでした。

    このサインは、家宝にします。
    福祉就労だと、お金溜まりにくいのですが、頑張ります。
  • 天川様

    コメントを拝読してから、ずっとお返事を返せずにいました。
    まずは時間をかけてしまったことを、お詫びいたします。

    たぶん、天川様の言葉をお借りするところの、「ちょうどいい」感覚を、自分の中でつかみ切れていないのだと思います。

    それが自分が最低限、書きたいというラインなのか、今ある力量のままに書いたものを書き続けることが、自分のやり方なのか。

    劣等感というものはややこしいもので、一度はまるとなかなか抜け出ることができないものですね。
    完璧主義なのに、よく今まで書けたなと思いますが。

    たぶん、正念場なんだと思います。

    さりとて無理やり書くものでもないので、ひとまず気の向くままに、
    この後の日々を過ごしていこうと思います。

    天川様のお言葉、頂戴いたします。
    カクヨムの進退については、まだ分かりません。

    今、どうなるか分からない厄介ごとが一つあって、ひとまずそれが落ち着くころまでは動きはないかと思います。

    数か月、かかるかもしれませんし、来週に終わっているかもしれません。

    ひとまず生活することを優先して、生き残ろうと思います。
    言葉を尽くしてくださり、感謝です。
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