「誰でもできる」という物言いは、良いようで悪くもある。
例えば、血のにじむような努力を何年も続けている小説家志望の人に向かって、まったくの素人が「小説なんて誰でも書ける」と言ったら、その人はどんな気分だろうか?
限りある人生の多くを小説に費やしているからこそ、子供でもできるような軽い遊びとは思われたくない。小説というものを、世間からそんな蔑んだ目で見てもらいたくはない。それが人の心情であろう。
確かに、書くだけなら素人でも可能かもしれない。それは、読み書きという生きていく上での必要最低限の技能を、誰もが義務教育で学ぶからだ。
しかし、質という点においては、誰でも楽に作れるものでは決してない。よほどの天才なら別だが、普通の人は相応の努力によってやっと小説家の肩書きに相応しい筆力を得る。何百何千もの優れた作品に触れ、そこに得難い知見を見出だし、ようやく肩書きに相応しい創作力を得る。
そういうものであるということは、一度でも物語を書いたことのある人ならわかるはず。その上で夢を語るなら、小説という媒体に少しでも敬意や誇りがあるのなら、「誰でもできる」という認識を世に広めるような軽率な行いは慎むべきだ。
それでいながら、小説投稿サイトには「誰でもできる」が溢れている。素人同然の拙い筆致。誰かの真似をしただけのストーリー。趣味の人も大勢いるのだから、仕方のないことだと割り切れる部分もある。
だが、出版を志す書き手の参加を促す呼び掛けに、そういう作品が並ぶのはどういう訳だ?
世の中を舐めているのか? 小説を馬鹿にしているのか?
いや、違うのかもしれない。腐敗の根元にあるのはそれらの未熟者ではなく、本来なら優れた才能を見出だす役目を負うはずの者たち。
金欲に溺れるがあまり、楽を追求するがあまり、彼らは本来見るべき場所から目を背けた。その目が向いた先は、知性や倫理を軽んじ、欲望のまま自堕落に生きることを至上として這いずる者たち。ゆえに小説は地に落ちた。
そうして世に出されたものは、もはや小説でも小説家でもなかった。そんな狂喜の沙汰を目の当たりにした本来なら才能を秘めていたはずの人々は、それを開花させる道を見失い、誤った方向へと導かれていく。
それがいま目の前にあるものの実体。
もしあなたがまだ正しい道を見失っていないなら、どうかそのまま歩き続けてもらいたい。でなければ、わずかに残された小説の希望の芽は全て失われてしまうだろう。
こんな現状ゆえ、世に出ることは風潮に媚びる者に比べて格段に難しいはず。だが、もし辿り着けたとしたら、そこには汚泥で蠢く者が望んでも決して手に入れられない真の栄光と叡智が待っている。
というわけで、この企画では「小説が本来待ち得る他の媒体にはない輝きを肌で感じる作品」を募集する。読み合いではないので、読む読まないは企画主も含めて各自の自由。物語であればジャンルは問わない。
参加する小説の設定画面で、自主企画欄にある「小説が本来持ち得る他の媒体にはない輝きを肌で感じる作品」を選択してください。
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