〈幕引き〉
無色透明の光の中であるがままに照らされた冬梧の姿を、月古がイーゼルの上に立て掛けた画板を前に描いている。
あの後、丙三は妻殺しの罪で身柄を拘束され、理市は体から首が離れることはなくなった。
そして、理市に噛まれた冬梧の腕は不思議にも傷一つ残っていなかった。
彩雲のように輝く瞳に見つめられながら、冬梧は問いかけた。
「どこから……分かっていたのです」
月古は穏やかに笑んでいる。瞳が揺れ動き色を変えた。
「全部ではないですよ。僕はただ、絵に描いた人の因業を浮かび上がらせることが出来るだけです」
月古の手が止まり、筆が置かれる。
彩雲のような瞳は冬梧ではなく、絵に向けられた。絵の中の自分はどんな顔をしているのだろうと冬梧は思った。相変わらず堅苦しいと言われる表情をしているのだろうか。
「理市さんは荒巻様の亡くなった奥様の生まれ変わりだった、ということです」
「生まれ変わり……」
「ええ。尤も、今世の理市様の我が強い為にかつての魂はあってないようなものです。理市さんの言葉を聞いたでしょう」
――荒巻中佐に対して何か思うことはありません!
月古に向かって声を荒げた理市の言葉に確かに嘘はなかった。
月古はそうっと目を閉じた。
「それでも荒巻様の奥様の無念は絶えなかった。魂が理市様に引っ張られても――執念だけが残り、夜な夜な荒巻様を苦しめた。ですが、僕が介入してしまったことで理市様が自分の意図せぬところで抜け首となり、荒巻様を殺そうとする形になってしまったのです。例え今世において理市様が荒巻様に思う所がなくとも、かつては奥様だった魂です。人の因業が作った執念は――そう簡単に消えないのです」
無色透明の光が月古を照らす。白というには遠く、金色というには淡すぎる髪色が日に照らされて輝いている。ですから――と月古は目を開けた。
「罪など犯さぬに越したことはありません。例え罪から逃れても、別の形で報いを受けることとなる。荒巻様は死ななかっただけ幸いなものですよ」
穏やかな笑みを浮かべた月古の目は確かに笑っている。彩雲のように輝く瞳が日に透けて色が動く。
「冬梧様。あなたの顔の痣はおそらく、あなたの知らぬ因業が潜んでいる。その因業はあなたにとって意図しない結果をもたらすかもしれない。例えば、今日の理市様のように」
冬梧は月古の真意を悟った。
「だからあなたは自分の仕事を私に手伝わせたのですか」
月古の目が戸惑いに揺れる。彩雲のように輝く瞳が揺れる様を冬梧は食い入るように見つめていた。冬梧からの視線を逸らすことなく受け入れた月古が口を開いた。
「自分の知らぬ因業を知るのは嫌なものです。それでも僕はあなたの姿を今世に留めたいと思った。あなたの人物画を――今世に残したいと思いました」
月古の瞳が光を孕むかのように輝く。
「あなたに改めて問います。あなたの痣に潜む因業がどのようなものであっても――気持ちは変わりませんか?」
冬梧は椅子から立ち上がると、月古の元へ歩いた。月古も椅子から立ち上がり、描きかけの絵を残したイーゼルを避けて冬梧の元へと歩く。
それぞれに立ち止まった二人は向かい合う形で互いの顔を見た。
「私は――それでも自分の姿をあなたに描いて欲しい。自分の生きた証を、あなたに残して貰いたいのです」
月古が当然だと言わんばかりの、それでも穏やかな微笑みを浮かべている。その人離れした美しい微笑みに冬梧は息を呑んだ。
「勿論です。大切な痣と共にあなたの御姿を描きましょう。あなたの姿が絵に確かに残るまで、僕はあなたの絵を描き続けます」
冬梧は月古の前に手を差し出した。大きな手を前に月古は驚きを浮かべていたが、すぐに笑顔になると冬梧の手を取った。
「冬梧様。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
冬梧はこの先長い付き合いをすることになる月古という人間を前に穏やかな微笑みを浮かべた。
因業の画家 白原 糸 @io8sirohara
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