とても静かで、あたたかくて、胸の奥に長く残る物語
- ★★★ Excellent!!!
まず印象的なのは、「祝」という一文字の扱い方です。新年見学会のチラシに踊る大きな「祝」。それが物語の序盤では、麻美にとって“自分とは無縁の華やかさ”として描かれているのに、ラストでは彼女自身の一日に重なっていく。その反転が、とても美しい構造になっています。
広告の中の祝福と、画面の向こうから届く祝福。どちらも同じ「祝」なのに、意味がまるで違う。その差を、説明ではなく体験として読ませてくるのが巧みでした。
晴人先輩の存在も、とても良いです。
過剰に優しいわけでも、説教臭いわけでもなく、「今日はもう上がっていい」という一言だけで、麻美の一年分の緊張をほどいてくれる。理由を聞かない優しさ、大人の距離感が、現実的で温かい。ここで泣かせに来ないのに、じわっとくるのが上手いです。
VTuberとしての活動描写は、単なる設定を超えて「創作を続ける人の物語」になっていました。
表情へのこだわり、評価される怖さ、続けることの孤独。シズとの関係性も、依存でも崇拝でもなく、「一緒に作った」という対等さが心地いい。
だから配信中の「トーコちゃん、ありがとう」という一言が、あれほど強いカタルシスを持つんですよね。祝われる準備なんてしていなかった人が、不意打ちで祝福を受け取る瞬間。その破壊力が、涙に直結しています。
ラストのビールと赤ペンでの修正も秀逸です。
仕事では修正に追われていた麻美が、自分の人生のカレンダーを“自分の手で修正する”。この対比がとても綺麗で、「今日は祝日なんだ」という一文に、全編のテーマが凝縮されています。
全体を通して、派手な事件は起きません。でもその代わりに、
・続けてきたことが誰かに届くこと
・祝う側だと思っていた人が、祝われる側になること
・仕事と好きなことの間で揺れる現実
そういった“生きている実感”が、丁寧に積み重ねられていました。
読後感は、少し泣けて、でも前向き。
「明日も、もう少しだけ頑張ってみようかな」と思わせてくれる、良い物語です。
とても素敵でした。