ぼくはいきものをかわない

大隅 スミヲ

第1話

子どもの頃、我が家には多くの生き物がいた。

父親が動物好きで、さまざまな動物を飼っていたのだ。


そんな我家にいた生き物たちを覚えている限り紹介したいと思う。

まず、生き物たちを紹介する前に、私が幼い頃に住んでいた家のことを少しだけ書いておこう。


我が家は二世帯住宅だった。父親の父親と母親、私から見ると祖父母と一緒に住んでいた。父親は末っ子であるのだが、上の兄弟たちは家を出てしまっており、最終的に残った父親が親と一緒に住んでいたというわけだ。


元々は祖父母が、自分の家の一部を人に貸していたところに、私たち家族が住むようになったため、家には玄関がふたつ、台所がふたつ、トイレ(汲み取り式)がふたつといった感じで変な作りの家だった。

そして、色々と父親が増築をした家でもあり、風呂はあとから付け足した場所にあり、掃き出し窓から続くトタン屋根の増築した廊下を抜けて向かったりしていた。


さて、ここからが本題。生き物の紹介である。


まずは、チャボ。

鶏である。ちなみに我が家は農家などではない。普通の家である。

このチャボをベランダで飼っていた。

ベランダといっても現代の家にあるような小さなベランダではなく、昔の家の大きなベランダで部屋一つ分くらいの大きさはある、屋根付きの広いベランダだった。

そう、多分違法増築であろう我が家は、無駄に広いベランダがあり、そこでチャボを飼っていたのだ。チャボは鶏だから、朝早くに鳴く。そして、卵も産む。新鮮な卵を毎朝食べれたというわけだったが、あまりにうるさく近所迷惑だということでいつの間にかチャボはいなくなっていた。もしかしたら、あの日の夜に食べた親子丼が……。


柴犬。小学生にあがる前くらいから家で飼うようになり、長い事ともに暮らしてきた家族の一員だった。彼は家の裏に建てられた自転車置き場(父親が手作りで建てたトタン屋根の小さなもの)のところに、犬小屋があり、そこで暮らしていた。

彼とはよく遊んだという記憶があり、私の動物好きの原点なのかもしれないと思っている。ドッグフードがどんな味なのか知ったのは、この時だった。

ちなみに父親は、この柴犬のために馬用のシャンプーとかいうやつを買って使っていた。そもそも何なんだよ、その馬用って。犬に使って良いのか?

彼が旅立ったのは、私が社会人になってからだったので、かなり長生きした方だろう。


うさぎ。私には妹がいた。妹がどうしても飼いたいと親父に頼んで飼ったのが、当時流行っていた(?)パンダウサギだった。オス・メスのつがいで飼っていたため、子どもが生まれる生まれる。しかも、狭いかごの中で飼っていると、親子でも兄妹でも姉弟でも関係なく盛ってしまうのよね……。

妹が途中で世話に飽きてしまい、親父が結局は育てていたという印象が強い。


リス。どういうわけか、リスがいた。ペットショップで父親が買ってきたのだ。餌はヒマワリの種。リスも番だった気がする。よくかごの中で動き回っていた。一度、かごから出して遊んでいたら、逃げられてしまったことがあった。


亀。どういう経緯で飼っていたかという記憶が定かではない。でも、親父が飼っていたことは確かだ。みんな知っていると思うけれど、亀って卵から生まれるんだぜ。この亀は自宅の屋上で飼っていた。


あ、書き忘れたけれども、家は私が小学校四年生くらいのころに建て替えをした。あまりにボロ屋だったのだ。新しい家になってはじめて水洗トイレになったというのが一番の思い出だ。でも二世帯住宅は続いていた。そして、父親は何を思ったのかこの新しい家に屋上を作ってもらったのだ。そこは生き物たちを飼うための屋上だった。


亀の続きだけれど、亀は最後はカラスに連れ去られてしまった。

近所の人の目撃談あり。


メダカ。こちらも屋上で飼っていた。ちょっとオレンジっぽいヒメダカではなく、日本産のメダカの方らしい。親父が説明してくれたが、興味がなかった私は話半分にしか聞いていないのであまり色々と覚えてはいない。


金魚。金魚もたくさんいた。らんちゅう、出目金、オランダ獅子頭などなど、珍しい金魚がたくさんいた。いまだったら、凄い値段の金魚とかいるよね。海外とかでも人気らしくて。いまも飼っていたりしたら、もしかしたら親父は凄いブリーダーになっていたのかもしれない。


スッポン。酔っ払った親父が買ってきたもの。小料理屋の生簀にいたのを店の大将に頼み込んで買ってきたそうだ。「食べるくらいなら、俺が飼おう」と思ったらしい。小料理屋の対象も「やべえ客が来た」と思っただろう。

スッポンもかなり長生きした。

なお、スッポンの恩返し的なものは無い。


トイ・マンチェスター・テリア。あまり聞き覚えのない名前だが、これは犬の犬種である。父親がどこで見つけてきたのか、いつの間にか飼っていた犬である。見た目はドーベルマンの子ども。柴犬が旅立って、数年後に飼うようになっていた。この頃には私は実家を離れていたので、たまに会う犬というイメージだったが、可愛くて仕方なかった。ちなみにオス、メス(姉弟)の二匹飼っていた。こちらも二十年近く、飼っていたが旅立ってしまった。


文鳥、シジュウカラ、メジロなどなど小鳥。

他にも色々な小鳥を買っていた。小鳥用の小屋も父親が自作していた。この親父、暇さえあれば色々とやってしまうのだ。夏休みの私の工作とかも、明らかに親が作っただろうっていうやつを作ってくれたりしたっけ。結局はバレるからといって自分で作ったものを持っていったけれど。

ちなみに小鳥は卵から育てたりした記憶があります。餌をスポイトであげたりして。


猫。いまでも実家で飼っている。猫種はベンガル。

トイ・マンチェスター・テリアが亡くなってから親父は、もう大きな生き物は飼わないって決めていたらしいのだが、コロナ禍にどうしても生き物を飼いたくなってしまったらしい。もう子育ても一段落して(孫もいるけど)、誰もかまってくれないから、新しい生き物へと手を出したのだった。それが猫である。

猫は散歩しなくていいからとか言いながら、毎日楽しそうに親父は猫と遊んでいる。母親はそんな親父を見ながら、勝手にやってろという感じだ。


と、私は子どもの頃から様々な生き物に触れてきた。

まだまだ語りきれないくらいに様々な生き物が家にはいた。記憶にないだけで、きっともっといたはず。


そしてタイトル回収となる。

生き物を育てる大変さはすごくよく知っている。どんな生き物でも餌は食べる。排泄もする。そしてストレスを掛けてはいけない。可愛いだけでは飼えないのだ。

世話をするというのは自分の時間の犠牲でもある。それが好きでやっている時はいい。でも、飽きてしまったら……。絶対にあってはならないことだ。


生き物を飼うということは、育てるということでもあり、大切な家族の一員としなければならない。

そして、つらいお別れもある。


卵から孵った可愛いヒナとかを何度も見てきたし、餌を上げて育てたこともある。

育って大きくなった鳥もいたけれども、死んでしまったヒナもいた。

そうやって、私は命の大切さを学んできた。

だからこそ、タイトルのように「ぼくはいきものをかえない」となるのだ。


でも、柴犬を飼いたいなー。

それはきっと今の仕事を終えた時だろう。定年後か?



おしまい

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