混沌のなかに「気高さ」を射抜く、鮮烈なるリアリズムの筆致

著者の紡ぐ言葉には、剥き出しの日常をそのままに受け止める、強靭な「静寂」が宿っています。

多種多様なルーツが混ざり合い、生と死、祈りと喧騒が背中合わせに存在するこのまちを、著者はけっして遠くから眺めてはいません。

殺人事件が起きたアパートの静けさや、夜道を震わせる爆音、そして異国の言葉で交わされる「ありがとう」の響き。
それらを等しく、逃れられない人生の断片として見つめる眼差しは、鋭くもどこまでも誠実です。

光と影のコントラストをありのままに描き出す筆力にも圧倒されます。
凄惨な事件や社会の隙間に生きる人々の体温を、美化することも卑下することもなく、ただ「厳然たる事実」として定着させるその文体には、ハードボイルドな気品が漂っています。

この世界を、きれいごとではない「美しさ」で塗り直してくれる、稀有なエッセイです。

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