苦い過去は苦い過去。救いや再起は不可能でも、きっと「何か」は手に入る

 「これ、なんかカッコいい」
 読み終えた後、多くの人がおそらくはそう感じることでしょう。うまく言葉にはできないけど、なんかカッコいいものを見た。そう思わせてくれる作品です。

 主人公は現在、鬱屈とした日常を送っている。息子は協調性のない人間で手を焼いている。妻にはそれを叱るよう言われるが、自分も似たような人間なのでうまく叱れない。

 彼はかつて音楽の世界で名をなそうとしていたが、とにかく「自分」や「周り」がまったく見えていなかった。そのために「なんか凄い奴」な自分を世に知らしめてやろうなって気持ちばかりが専攻し、バンドの演奏なんてろくに聞かずに歌だけ暴走させて、結果大失敗ということに。

 そうして時が経って中年になった彼のもとに、「ある話」が舞い込んで……。

 作中で出てくるイーグルスの「デスペラード」の歌詞がとにかく強烈にカッコいい。それに象徴されるような「何か」を抱えていた彼。
 ただの「救い」でもなく、「再起」でもない。それでも過去に向かい合って、その中で「何か」を確実に掴み取るような。

 「過去は過去で、もうどうしようもない」、「ファンタジーな救いなんて存在しない」。だけど「何かを掴むことはできる」という。
 そういう苦みや痛みを抱えたままでちゃんと前に進む感じが描き出されたようで、じわじわと胸が熱くなる一作でした。

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