作者が日本の過去や歴史を「知識として扱っている」のではなく、一度そこに立ち、見て、感じてから言葉にしているという印象を受けました。
文章の端々に、「私は見てきた」「私は感じてきた」という作者の声が聞き取れ、匂いや風、頬に当たる雨の重さまでが、説明ではなく感覚として受け止めることができました。
一方で、景色や人物がすでに十分語っている場面で、背景や正しさを補足する言葉が前に出る瞬間があり、少しだけ惜しく感じました。
それはこの作品に誠実に向き合おうとする姿勢の裏返しであり、技術的な問題ではないと思っています。
これからも読者を信じていただき、反応の中でさらに磨かれていく作品を楽しみにしています。
この物語に興味を持ったのは、過去を振り返ったシーンで阪神淡路大震災という実際の出来事が、読み進めて行くと出てきたこと。
その当時の事を実際に経験されたかな?と思うぐらい描写が具体的にしっかり書かれており、過去のエピソードに強い現実感があります。
その中で主人公が「救いたい」と願う恋人・玲奈について、特別な異能を持って生まれたが為に、本当に小さな子供の時から両親や大人達から阻害されるのが、とても切ないです。
物語の背景として描かれた阪神淡路大震災ですが、本筋はあくまで、恋人を救うために行動する主人公と、異界の存在、そして異界を行き来するための媒介となる剣奈との物語です。
序盤では、剣奈と主人公達については、特別なチームを組んで行動しているぐらいしか触れられませんが、わずかな情報でもファンタジーの雰囲気はしっかりと感じられるので、現実世界+ファンタジーが好きな方には、もってこいの作品だと思います。
まず、本作は和風冒険ファンタジー、および人間ドラマとして非情に面白いです。
その上で、それを支えている緻密な調査・考証の深さに感心します。
自分の頭だけを捻って書いている小説とは一味もふた味も違います。
例えば、阪神淡路大震災と、その前後の長田区。
児童福祉に関する法律と、その運用。
日本神話。
こういった要素が、くどくなく小説に織り込まれているので、心地よい説得力を感じながら読み進めることができます。
本作は、非常にデリケートな問題も取り扱っているのでR15相当と思いますが、大人向けの素敵な小説だと思います。
(このレビューは第25話までを読んだ時点で書いています)
この作品『ボクは、必ず君を救う。たとえどんな姿の君でも……』は、玲奈や剣奈、千剣破といった個性的なキャラクターたちが、絶望と希望のはざまで懸命に生き抜く姿を描いた、とても心に響く物語です。
玲奈は阪神淡路大震災の喪失を背負いながらも、他人や社会を信じられず苦しみ続けます。しかし、剣奈や久志本家との出会いによって、少しずつ「家族」や「信じること」の意味を知り、心の奥に小さな光を見いだしていく過程が、本当に繊細で温かく描かれています。
現実と異界が交差する二重構造も魅力的で、剣奈が“戦闘巫女”として異界で戦うシーンは、現実世界での苦悩やトラウマと絶妙にリンクしており、現実の厳しさとファンタジーの救いがバランス良く物語に織り込まれています。特に「信じること」「家族の再生」が核心に据えられているので、読み終えた後には静かな勇気や優しさが心に残ります。
家族や社会のあり方に疑問を感じている方、現実と向き合いながらも少しの希望を見つけたい方、震災や社会問題に興味がある方、そして感情を大切に読みたい方におすすめです。重いテーマを持ちながらも、優しさと再生への祈りに満ちた物語です。
“救い”という言葉の重さを、現代と過去、現実と異界をまたぎながら描き出す物語です。
序盤は、主人公・剣奈の冒険譚として始まる。
だが読み進めるほどに、物語の中心には「消えた恋人・玲奈」の存在が深く根を張っていることがわかります。
玲奈の過去は、阪神淡路大震災という現実の痛みと結びつき、
その生い立ちは“異能”と“呪い”の境界線を揺れ動く。
「なぜ玲奈は救われねばならないのか」
という物語の心臓部そのもの。
震災で人生を失った父と孤独の果てに母。
そして“視えてしまう”少女・玲奈。
剣奈の「救う」という言葉が、単なるヒロイズムではなく、
歴史と痛みを背負った“必然”として響きます。
ファンタジーと現実の境界を曖昧にしながら、
心に静かに沈んでいくような重さと、
それでも前へ進もうとする光が同時に存在する物語。
「ここからどう救うのか」
「救いとは何なのか」
という問いが、読者の胸に確かに芽生えてきます。
静かで、痛くて、それでも優しい。
そんな物語の序章が、強い引力で読者を物語の奥へと誘います。
15話まで読み進めたうえでのレビューです。
この作品は、序盤の印象だけでは決して測れない物語だと感じました。
この作品を読んでいて強く感じるのは、
「優しさ」を安売りしていない、という一点です。
誰かが突然すべてを救ってくれる話ではない。
正義が一瞬で勝つ話でもない。
むしろ、読んでいて苦しい場面のほうが圧倒的に多い。
それでも読み進めてしまうのは、
登場人物たちが「間違えながらも、人として誠実であろうとする」からだと思います。
この第15話付近に至るまで、
読者は何度も「これは耐えられるのか?」と試されます。
感情を消費させるための不幸ではなく、
社会・家庭・大人の無責任さが積み重なった結果としての痛みが、淡々と描かれているからです。
だからこそ、この話数で描かれる空気は特別です。
派手な出来事がなくても、
たった一つの視線、言葉、沈黙が、これまでの重みをすべて背負っている。
読後に残るのは、涙よりもむしろ「静かな肯定」でした。
――それでも、人はやり直していいのだと。
この作品は、
「かわいそうだったね」で終わる物語ではありません。
そして、読む側にも簡単な共感を許してくれません。
だからこそ刺さる。
だからこそ、忘れられない。
もし途中で読むのがつらくなって止まっている人がいるなら、
ぜひこのあたりまで辿り着いてほしい。
ここまで読んできた時間が、決して無駄じゃなかったと、静かに証明してくれる回だと思います。
このお話は作者様が既にお書きになられているシリーズの一環を成すものですが、コメディがやや勝った他シリーズと比べ、戦後、そして阪神・淡路大震災に否応なく巻き込まれ、運命を狂わせられた人々の群像劇の形を取っているように思います。
カジュアルな切り口と、作者様の実に豊富な知識。
キャラクター達の心の機敏。
舞台は様々に変わりながらも彼らの人生に目が離せません。
昭和史から始めるとなると作者様にもそれなりのパワーが必要かと思いますが応援していきたい!
そんな作品です。
令和の世になり忘れがちな昭和・平成史。
こちらの作品で是非振り返ってみて戴きたいと思います。