人間は、自分の現在と未来によってしか、自分の過去を償うことができない。

本作が描くのは、国澤英一と原見節子、ふたりの物語です。

彼らは、亡くなった後輩である櫻井俊健の死の真相を明らかにしたいと願い、時間を遡る〝跳躍〟を行おうとします。

そのために訪ねたのが、中学時代の同級生である朝比奈でした。

朝比奈は、時行監理局と呼ばれる時間跳躍に関わる事柄を管轄し、実施する機関の職員。
それも跳躍を、担当しているのです。

彼の職場に、かつての同級生であるふたりが訪れ、そして物語は始まります。


本作の世界では、時間を移動できるのは身体ではなく「意識」のみです。

意識と、それに付随する記憶だけが、特定の時間を生きる誰かに宿ります。

未来を変えることはできません。
過去を伝えることもできません。

過去の出来事を改変することのすべてが禁じられており、違反すれば重い罪に問われます。
つまり時間跳躍とは、
心残りや後悔、慈しみ、疑念、忘れ去られた事柄、隠されていた真実────

それらを見聞きし、感じ、胸に留めるための旅なのです。

それでもなお、真実が時とともに消えてしまうことを許せなかったふたりは、過去へと向かうのです。


人は二つの時間を生きています。
世界の時間と、自分自身の時間です。

太古から未来へと続く広大な世界の時間の中に、ほんの瞬きのように存在する自分の時間。
それが人間の生です。

夜空に瞬く星のように、確かにそこに在りながら、その時間はあまりにも短い。

時は遡れず、早まることもなく、引き延ばすこともできません。
だからこそ、人は心残りを抱えるのでしょう。

物語の中で、国澤英一と原見節子のふたりが成したこと、そして支払った代償。
そのすべてを知ったとき、読者はこの物語の本当の姿に触れることになります。

来し方も知らず、行く末さえわからない。
それでも、自分にできること、やるべきことを懸命に為す。
本作は、そんな人間の在り方を静かに問いかけてきます。

読み終えた後、誰かにその想いを伝えたくなる。
そんな優しい気持ちに触れられる作品でした。
心からおすすめします。

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