19.An lo miru《愛しき人よ》

 ヨウは閑静な街をかけ抜けた。


 乾いた空気が、金属質の音に弾ける。――弾道を確保するように放たれた初撃。


 固い石壁が粉砕し、余波を受け取った外壁が四方に飛び散る。飛散した破片が皮膚を掠め、灼けるような痛みが四肢に生じた。


 音波を拾った円形の装置が振動し、胸元で音を立てた。

 

【解析開始:残り30秒】

 胸ポケットにしまった解析機器が、起動を告げた。


 大気を押し潰しながら進む弾丸は、破砕物を飛ばしこそすれ、直接ヨウを狙っては来ない。


(命までは狙っていない――目的はおそらく捕獲)

 その仮説が確信へと変わり、ヨウは再び足を動かした。


 風が謳い、星が嗤う。人がはけた街道に銃声が轟く。

 

 右手には重量を伴う銃器。足は重たく、呼吸は浅い。緊張と不安で体は予想以上に酸素を欲した。


 たった十数秒で足が悲鳴を上げていた。


(残り25秒……)

 斜め前方で再び轟音が鳴り、壁に風穴が空いた。砕けた破片が肩に当たり、視界に閃光が走る。手から滑り落ちた銃器が地を突き、その音に声が溶け込んだ。



 ――An lo miru愛しき人よ.


 夜空をなぞる懐かしい歌声に、意識が呼び戻された。



 地面に手を付き、脚に力を込めた。

 即座に銃器を拾い上げ、気休め程度の干渉弾を撃ち込む。


 ちらりと視界を横切る装置ガジェットが時間の経過を伝えた。


【残り15秒】

 その十数秒が異様に長い。手元の銃器を握り直した。




『音を曲げる装置――』


 ヨウは確かにそう言った。


 ハクの鞄の中にあった球形の装置ガジェット――それを見つけた途端、ヨウの口がとっさにを吐いていた。

 

(正しくは――距離を測定する装置)


 それは敵の居場所を特定しこそすれ、護身にはならない。我ながら無茶苦茶な嘘だと自分でも思う。もっとましな言い訳があったはずだ。

 

 音は空気だ。屈折は密度。

 音を曲げる装置が実在すれば、今頃、狙撃銃ライフルは脅威ではない。


 ――けれど、そう伝えなければきっとハクは首を縦には振らない。


『足手まといだ』

 ハクならそう言う気がした。




 自嘲じみた薄ら笑いに、一抹の不安が滲む。

 

 駆け出す、と同時に白い破片が宙を舞った。――遅れて轟く銃器特有の圧縮波。――狙撃の第四手。


 意識はこれまで無い程さえていた。思考は巡り、周囲の情景が止まって見えた。

 だから見誤った――正常だと。


【残り5秒】


 右足に灼けるような痛みが広がり、ヨウは思わず鈍い悲鳴を漏らした。


 踏みしめたはずの右足から力が抜け、体が傾く。

 慣性力を受けた全身がそのまま前方へと投げ出された。一瞬の浮遊する感覚の後、受け身を取った腕が地面に殴打した。体が前方に一回転し、景色が回る。


 同時に、胸の辺りで振動が生じ、解析終了を伝えた。


 奔流の最中でも不思議と脳は正常に動いた。

 距離は2530レゾンm。該当する射撃スポットは1カ所。



 場所は、さびれた統理塔とうりとうの屋上。



 右手に握りしめた無線機の電源を付け、ヨウはハクに信号を送った。


 ノックを8回。敵の居場所を知らせる合図。

 手の震えが止まっていた。



 ――何かが意識を掠め取り、ヨウはとっさに顔を上げる。


 隣に建つ古い様式の雑貨店――その外壁が瓦解する。遅れて激しい衝撃波が波紋を立て、心臓を叩いた。


 破片が散らばり、敗れた壁の隙間から夜空が顔を覗かせた。


 星が散らばる夜空の手前に、背の高い建造物が建っていた。




 ――カチリ


 引き金を引く小さな音が聞こえた気がした。




 ◇




 ――十数秒前。

 ハクは身を翻し、柵を超え、背の高い廃屋へと足を踏み入れていた。


 ヨウと別れてここまで来るのにおよそ30秒。

 害雷の視線を掻い潜るためになるべく人通りが多い道を抜けた。


 全力疾走したために息が上がる。

 今はただ、ヨウが言った『』という言葉を信じるばかりだった。


 瓦礫を飛び越え、軋む階段を駆け上がる。

 錆びのためか、耳障りな音を立てる扉を開ければ、星々が降り注ぐ夜空がひらけた。


 大きく深呼吸をして息を整える。


 歩く度に異音を立てる屋上の床が癪に障る。

 ハクは、その一角で立ち止まり、背負った鞄から狙撃銃を取り出した。



 丁度そのとき、ポケットにしまった無線機から規則的なノックが8回聞こえた。



『a14-r271セルツkHz統理塔とうりとう



 それは害雷てきの位置を特定した信号だ。


 不意に安堵の吐息が口から漏れた。勝機を掴んだことにではない。ヨウが無事だったことにだ。


 ハクは即座に狙撃銃を構え、特定されたその方角へと射音器スコープを回した。


 射音器スコープから漏れ出る高周波の音が、高層の壁に反射され、その構造をハクに告げる。

 一際高い建物の屋上、複数の銃を傍らに、見知った影が一つ。


 ハクは視界を断ち、意識を削ぎ落した。

 空気に溶け――聴覚おとに身を委ねる。


 風が吹き、音が揺れる。

 擦れる草花が唄を謡う。


 親しい民謡フレーズが脳裏に流れ、ハクの口が言葉を綴る。



 世界が止まり、意識が沈む。月光が微笑む静寂の下、赤い双眸そうぼうが闇に浮かんだ。




  Ena varu, rao enある國に王がいた.

 

 Sal varu刻まれた, techi lievi mira kai記憶を手繰る國だった.


 Cras sol, garu ven國が滅亡の危機に瀕し, Rao kai su-ruあなたは言った.

 Lo ven sha民を守ると.


 Anu sola ni tuあなたの孤独に寄り添いたかった。, mi varae tem li tu共に時間を分け合いたかった.


 Ras赤い valen krua dal sae血脈が道を裂き、, lin fiae seya lun na細い葉脈は命を刻む.


 Min tal esha民は逃げ延び, reyn var sacraあなたは犠牲になった.


 Mi shae tu riel強いあなたが, tu lara mi shaen流す涙を知っている.

 Mi shae tu nael優しいあなたが, al tu sel fa mi自己犠牲を顧みないと知っている.


  Fal ren, lir mir風が歌い、葉が綴る.


 Fal lir旅路は繋がり、, liev dach若葉は芽吹く.

 

 Ko ma tenあなたを待つ. Varu anあなたが愛したこの國で.


 Vu la, la la laルー・ラ・ラララ――


 ――An lo miru.




 光が削がれ、世界が遠のいた。

 引き金の感触が消え、音だけが彼の思考に充満する。




 遥か遠くで狙撃銃ライフルを構える男の虚像すがた

 巨漢の男が鼻歌を歌い、笑みを湛えた。


 ハクの聴覚が男の次の動作を予測する。


 勝利を確信した男に――巨大な狙撃銃ライフルが火を噴き呼応する。男は――立ち上がる。




 手加減は無用。


『反撃開始だ』

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