必要なのは、特別なことではない。

この作品は“母との別れ”の物語であるのに、不思議とその別れの悲しさを感じない。
(もちろん「私」には悲しみもあったことだろう)

母親が倒れたことに理由を得て、長らく帰省していなかった「私」は母の入院する病院へ向かう。
最後に共に過ごす時間に交わされる会話は特別なものではなく、とても日常的なものである。
かえってそこに、尊さを感じる。

別離を描いているけれど、特別な思い出を振り返ってしんみりするのではない。

「よくこんなこと言ってたよな」ではなく、今なお「私」の頭の中で、心の中で、あれこれ指摘したり茶々を入れたりしてくる。

「私」はある意味寂しくないのかもしれない。
なぜなら、母は確かに自分の中にいるのだから。

もし最後に共に過ごした時間がなかったり、その時間が短かったりしたら、「私」は言いようのない寂しさや後悔を抱えたかもしれない。

あの時間があったからこそ、母は「私」の中にしっかりと根付いたような気がする。

母は「私」の心の中にしっかりと居を構え、その一部となり、これからも共に在り続けるのだろう。


温かい余韻の残る、とても素敵なお話でした。
ぜひご一読ください。

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