手の匂いが鍵、狐の嫁入りと恋が裏返る夜。青白い灯り、菜の花の香が残る。
- ★★★ Excellent!!!
ましら 佳さんの『美しく優しい、可愛い手』は、触覚と匂いを入口にして、恋のぬくもりを怪談の湿りへすっと滑らせる。手という小さな部位だけで、相手の人格や距離の近さまで立ち上げてくる。その書き方がまず巧い。
春の小糠雨に濡れた菜の花畑で、青白い光の列がしずしずと進んでくる場面が僕の胸を打つ。懐中電灯ではなく、蛍みたいに揺れる温かな光。拍子木の乾いた音が空気を割り、白無垢の花嫁が柔らかな声で「手土産」を口にした瞬間、甘い匂いの景色が一気に牙を持つ。怖さは大声ではなく、言葉遣いの丁寧さと、にこやかな目元の赤で来る。
その怪しさを、作品はただの恐怖で終わらせない。恋人の指先が頬を突つく軽さ、眠りに落ちる間の無防備さ、そして甘い菓子の舌触りまで、生活の温度で包み直す。読後に残るのは、脅し文句よりも「触れられている」という事実のほうだ。
終盤の視点の反転も効いている。読者が信じていた「優しい手」の意味がすこしだけ変わり、だからこそ最初の回想が、単なる昔話ではなく現在の恋に影を落とす仕掛けになる。やさしさと怖さが同じ指先から出てくる、という主題が最後にきれいに噛み合う。
静かな官能と民俗的な不気味さを、匂いと手触りで最後まで通した。読む者は頬を撫でられた感触を覚えているのに、どこかで背筋も冷える。その両方を同時に味わわせてくれる。