外国の言葉とも事件とも夜の爆音とも共に生きる。それが自分の居場所だから

その街には、別の国にルーツを持つ人々がいる。
事件を起こすこともある。
そこへ偏見も向けられる。

街には不良と呼ばれる若者たちもいる。
夜な夜な騒ぎを起こす。
普通から外れた、当たり前とは違う者たちだ。

違いは、偏見という言葉だけで片づけられることばかりではない。
違いは確かにある。
人は、誰もみんな違う。
そして、人は誰も間違う。

様々な人々がその街で生きている。
矜持を持つ者、流される者、なにも感じない者。
街の中では誰もが同じ夜をやり過ごす。
夜の街角を歩く時間のように。

違うことは、悪ではない。
ただ、違うから理解できないこともある。
それでも、理解できなくても、
肩を並べることはできるだろう。

作中では、幾つかの外国語で〝ありがとう〟という意味の言葉が並べられていた。
発する音は違っても、そこに宿る気持ちはみんな同じだった。

本文を読み進めるごとに、ここで描かれる街は〝不良たちの物語〟を綴ってきた作者の心の居場所。記憶の現場なのだと思えた。


このエッセイを読んだ後は、心の片隅があたたかくなった。

きっとそれは、誰もが持つ良し悪しを超えた思い。
その場所で生きることへの思いだったのだろう。

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