主人公の「俺」は根っからの嘘つきで、人生のほとんどを嘘で構成させてきた人物。
最初このあらすじを見たときは「いったいどんなクソ野郎なんだ」と思ってしまいましたが、本作を読むとその印象がガラリと180°変わってしまいます。
――家族とは何か。絆とは何か。
そんな太古の昔からの普遍的なテーマを「嘘」という観点から捉え直す作品です。「絆」や「嘘」というのは手垢がつきまくったテーマかもしれませんが、不思議とデジャブを感じさせないのは作者の描写力と構成力の賜物だと思います。
また、一文あたりの文字数が抑えられているので非常に読みやすかったです。リーダビリティーにも気を遣われているのかなと感じさせられました。
読了後には自分の人生や家族のことさえも省みさせられる、圧巻の作品でした。
主人公であり、作中の語り手である二十歳の大学生のマサナオくん。彼の名前を漢字にすると、「正直」なのですが、そんな彼はその名前とは反対に嘘つきの青年です。
母子家庭で育った彼は子どもの頃から嘘をつく子供どもでした。
そのせいで、小学生の時にクラスメイトの通学バッグを隠した犯人として疑われたことも。(のちに隠されたと言っていた子の自作自演だと判明)
そんなある日、お母さんが倒れて病院に運ばれてしまいます。
手術は成功しますが、後遺症は残ってしまうかもしれない。
マサナオくんは帰宅後、入院するお母さんのために必要なものを準備しようと押し入れを探します。
そこであるものを見つけてしまい――。
「嘘つきは泥棒の始まりって言うのよ」
幼いマサナオくんにお母さんがこう諭す場面があります。
ですが、お母さんには息子に言えない秘密を抱えていました。
嘘の裏に隠された真実をぜひその目で確かめてください。
きっと読後に静かな感動に包まれるはずです。
親子の情愛を描いた作品。ときけば、人は感動ドラマを想い浮かべる。
抱き合って号泣するような。
それも悪くないのであるが、本作はその路線をうまく避けている。それが出来たのは、世の中をなめた主人公のひねた性格のおかげである。
「嘘が無ければ人生は存在していないも同じ」
『No Music, No Life.』みたいに気楽に云ってんじゃねえよと云いたくなるが、これを信条とした主人公はとにかくよく嘘をつく。
嘘をつく必要あるかな? という局面でもすらすらと嘘をついて、ちょっとした責任逃れとお得を得ている。
人は誰でも嘘をつく。
「わたしは絶対に嘘をつかない清く正しい人間だ! 嘘は犯罪の始まり!」
と気違いのようになって狙った他人をぶっ叩いている人間ほどびっくりするほど平然と嘘をつくのを何度も見てきた。
おそらくあれは客観性と記憶の分野に脳障害を持っているのだろう。
しょうもない嘘をつく主人公は、それだけ処世術に長けているともいえるが、良心がちょっと欠けている。彼は嘘をついていることを醒めた頭で自覚しているが、嘘を吐く時にはある癖が身体にあらわれていると、母親から指摘もされている。
その母親が倒れた。
母親の入院を契機として、嘘つきの主人公は母のついた大嘘と直面することになる。
母子の暮らしぶりがうかがえる細かい描写の積み上げがよい。
箪笥にラベルを貼るかあちゃんなんて、昭和の遺物だよなーと懐かしくすらある。
実にださいが、母親がいなくても誰でも迷わずどの抽斗を開けばよいのかひと目で分かるので、実用的なのだ。
母親は息子を可愛がっていた。とても。
そして息子は母親といえば今まで一緒に暮らしてきた母親が、母親なのだ。
悪人だ! というのはお子さまの感性である。
極悪人だ! というのも、刑法に照覧し、なおかつ、本当のご家族の方々の心情からは正解である。
あちら側からみたらたまったものではないだろう。
しかし小説の中でだけは、こんな嘘つきの彼らをそっとしておくことだってゆるされるのではないだろうか。
もともととても文章の巧い方ではあるが、しっかりと自分の視点で主題を絞っておられて、隙が無い。
優れた作品は評価の多さだけではない。
書かずにはいられない、そんな熱のこもった沢山のコメントレビューがつくものだ。
寄せられたコメントレビューの多さからも、この作品が人の心を打つ優れた短篇であることがうかがえる。
わたしが小さいころ、悪さをすると、母親が決まって言ったセリフ。
『あんたは、山田川の橋の下から拾ってきた子だ!』
山田川は近所の川の名前。
けど、わたしは父にも、母にもよく似ている。
子ども心に、嘘つきめ!
と思っていた。
ある日、また悪さをして、母親にこっぴどく怒られた。
こんなウチ出てってやる!
飛び出した小さなわたし。
行くとこもなく、気づけば、山田川の橋の下に来ていた。
幼心がアイデンティティを求めたのだろうか?
そこで、わたしは捨てられていた仔ネコを発見😳!😺
連れて帰り、また、怒られた。
何の話😓?
そう、アイデンティティだ。
人は自分のルーツを気にする。
『存在証明』
自分が自分であること。
それには、何が必要だと思いますか?
それは、『人の想い』だと思います。
時輪めぐる様の書かれた『想い』
ぜひ、お読みになってください🤗✨
嘘とは悪いこと。
それは例えどんなことであっても、ついた側も、つかれた側も気持ちの良いものではないでしょう。
それでも、そのことで誰かが救われる。そんなこともあるかもしれません。
「のーらい・のーらいふ」
タイトルにあるこの言葉は、果たして物語においての誰の為のものなのでしょうか?
作者が意図している者。
読者がそう理解した者。
この二つは読む人によって変わってくるかもしれません。
「嘘なくして人生はない」
この人生とは?
途中で押し寄せる切ないまでの親子愛。
そして読み終わってから感じるミステリーの読後のような気持ち。
物語の構成と秀逸すぎるタイトル!
本当に皆さんに読んでいただきたい作品です\(^o^)/
ウソについて考えさせられます。人間だれしもウソをつきますが、程度があります。見栄を張ったり、人をからかったりするときにつくウソはまだかわいいものですが、利益を得るため、他人を利用するためのウソはまったく心地よいものではありません。
本作の主人公・マサナオは、そうした「心地のよくない」ウソをつく人間として登場します。母親は、嘘つきであるマサナオをいさめるのですが、反省した様子はまるで見られない。バイト先にも平気でうそをつき、ずる休みして慶弔金を巻き上げたりなんかする悪っぷりを発揮します。
そんな彼に転機が訪れます。驚天動地の転機が……。
中盤の展開からは心を揺さぶられました。
守るべきウソもある……そんな風に心変わりしました。愛情あふれるウソはもはや真実。誰が何を申し立てようと……。
そんな気にさせられるのです。
なんとあたたかい物語だろうって、読後に大きな満足を得られました。
主人公の宇津木正直は、ついつい「ウソ」をついてしまう。父がプロレスラーであるなどとウソをついて自分を守ろうとする。
そんな正直を母はいつも諫め、「ウソをつかない人生」が大事だと教え込む。
シングルマザーの母。実際の父の顔などは知らない。
正直はそんな生活を続ける中で、ふと「自分の出生に関する秘密」が垣間見えそうになるが。
本当に正しいこととは何か。ウソをつくのは悪いことか。良いウソと悪いウソとは。
そんな色々な問いを読者に投げかける終盤の展開。
正直の人生。正直と母との関係。その中にはいくつも「ウソ」が込められているのかもしれない。
でも、確実に「本当」だと言えることは存在している。
母がどれだけ正直を大事に思っているか。正直も母を大事に思っていること。
そして今が、幸せであること。
そんな「本当」を守るためなら、「こういう決断」をすることは許されるんじゃないか。
真に尊い「本当」と「ウソ」。そういった善悪を超えた根っこの部分について色々と考えさせられる作品でした。
正直と書いてマサナオ。
宇津木 正直。 ウツキ に、ソの一文字を加えれば、
ウソツキ マサナオになる。
そう彼は息を吐くように嘘をつく。
彼の都合で殺された、存在しない祖父は何人いるだろう?
彼の家で、存在しない猫が逃げれば、誰だって彼にノートを貸してしまう。
正直なだけが上手な生き方じゃない。
うまく嘘をつきながら、好きな人のために生きてきた。
彼が好きな人は、ひとりで自分を育ててくれた母親。
母親の笑顔のためなら、どんな嘘だってつける。それが正直(マサナオ)だ。
そんな彼の、「ノーライ・ノーライフ」な生活は、ある日突然、
母親の脳梗塞発症によって狂わされてしまう。
そこで、発覚するある事実とは……。
親子の条件とは、一体何であろうか。
正直にそれが、試される機会がやってくる……。
もう一度いうがこれは、少し意味は違うがトンビが鷹を産んだ話だ。
だが、この書を読み終えたら、あなたもきっとこう、言いたくなるだろう。
「この親にして、この子である」
と。
主人公は宇津木正直。うつき、まさなお。苗字の途中に「そ」を入れて「うそつき しょうじき」といじめられた。
実際、彼はよく嘘をつく。だから彼の母は、よく彼を諭した、「嘘つきは泥棒の始まり」と言って。
ある日その母が倒れたことで、彼の人生は変わらないまま、変わった。
素敵な作品に出会えました。なるほどこうなるとは。——なるほど、こう着地するとは。
悲しいお話ではないのに、じんわりと涙が出てくるような作品です。
私は残念ながらこの作品の魅力をうまく伝えられるような言葉を持っておらず、かといって感想をべらべらと述べてはこれから読まれる方々の楽しみを奪ってしまいかねないので、ただ「おすすめです」「ぜひ読んでみてください」とだけお伝えして、おしまいにします。
改めて、素敵な作品に出会えました。ありがとうございます。