#6 その涙は天に届くのか?





王子山とレディは予定通り朝から電車に乗り、殺された林、その妻の夏摘なつみに会いに行くことにした。


王子山はワスプに襲われた事を思い出して電車内に怪しい人物がいないか観察していたが


「おじさん目、ヤバすぎ。痴漢の衝動を抑えられない人みたいだよ。いやん怖い。」


と笑顔交じりに言われたので恥ずかしくなって大人しくレディと座席に座った。



それと同時にレディは王子山から軽くデコピンを一撃もらう。


「痛ったぁ!?おじさんがか弱い女の子に暴力なんて!」

「誰が痴漢だよ。あとお前のどこがか弱いんだ。おばあさんの『淑女レディの嗜み』に無かったのか?おじさんや男をからかっちゃいけませんって。」

「ううん。寧ろ推奨されてる。」

「それのどこが淑女レディなんだよ…」



新時代の淑女レディ像に困惑する王子山を無視してレディは人差し指を立てた。



「『淑女レディの嗜み』その1。芸は身を助ける。芸とは即ち誘惑である。」

「一発目がそれでいいのかおばあさんよ!」



レディの祖母のロック過ぎる教えを聞き、未成年の孫に何を教えているんだと言いたくなる。故人でなければ小一時間問いただしたいところだ。


気づけば周りの乗客からくすくすと笑い声が聞こえてきた。

冷笑というより、微笑ましいといった目線でこちらを見てくるのに気づき王子山は話題を変えようとする。


周りには自分達が父娘おやこのように見えているのだろうか。


「あー、ところでなんだがレディ、ワスプって奴と電車の中で戦ったときにお前も異能ミステル使ってたよな。結局、お前の能力は何なんだ?」


レディは少し考えて唸った後、王子山の方を見た。


「本当は言いたくないんだけどおじさんは特別だよ?異能ミステルがバレると対策されて最悪の場合、命の危険があるから。」


命というワードに王子山は顔をしかめて喉を鳴らす。本人に言ったら危ないからやめてと怒られてしまいそうだが、もしレディでは敵わないような敵が出てきたときは、


自分がレディを守る事も視野に入れたい。だから知っておきたいのだ。




「どういうものかは体験してもらった方が早いかも。」


そう言ってレディは座ったまま、自分のつま先で王子山の足元付近をなぞった。

すると『↑』のマークが付いたパネルのようなものが出現する。


そこを足で触れてみてとレディは視線で伝える。王子山はそろりと爪先を足を浮かせ、恐る恐る足で踏んでみると


「うわっ!」



王子山はギュンッと前の席まで、スライドするように飛び出そうとしてなんとか踏みとどまる。


驚いた顔でゆっくりレディの方を見た。


「触れたものや場所に矢印パネルをセットしてその向きに『加速』を与える。それが私の異能ミステル先駆者ディスレイターだよ。ちなみに触れる向きで『加速』の方向を変えることも出来る。」


ちなみにパネルは異能ミステルを知る者以外には見えないとの事。

自分の能力をさらりと言ってのけるレディだが、やはり異能ミステルは人間の理解の範疇を超えている。これに似た力を悪用する輩が何人もいるという事実に、事の深刻さを改めて認識し軽く眩暈がしてきた。


ふと思うのはレディの他にも、異能ミステルを正しく使い、そういった輩と戦っている個人や集団も居るのだろうかという事。


もし居るのであれば、この世もまだまだ捨てたものではないと思えてくる。


共に手を取り合える日は来るのだろうか。







二人は、前日に話を通しておいた林の妻の家に着いた。

林が生きていれば二人の、いや家族の幸せな時間を刻む場所だったのだと思うと少し物悲しい。

インターホンを押すと、黒髪を後ろで三つ編みにした若い女性が出てくる。キューティクルはあまりなく、肌の血色も良くない。


「王子山さんと助手さんですね。林夏摘なつみと申します。すみませんがあまりもてなせるような茶菓子もなくて…」


「いいんです。気を遣わないでください。林の事を聞かせていただければそれで充分ですから。お時間も取らせません。」



3人で共に家に入ると、白を基調にした清潔なリビングに通された。その途中、王子山とレディはキッチンの端の写真立てが目に入ってしまい思わず視線を外す。


林と夏摘なつみが砂浜で微笑むウエディングフォトがそこにあったからだ。

林と直接会ったことはないレディまで胸が締め付けられる思いだった。


夏摘なつみがお茶を淹れている間、二人は林の仏壇に手を合わせていた。

既に香炉の中には一本、まだ煙が仄かに立った線香が立っており、それを支えるようにして王子山とレディは線香を一本ずつ立てた。






「さて、改めてですが林の件、本当に何といったらいいか分かりません。彼は大切な後輩で一番親しい友人でもありました。ですが一番辛いのは夏摘なつみさん。あなただと思います。大切な人を失った悲しみは決して癒えることはありませんが、時間だけが解決できることもあります。今は可能な限り、ゆっくりとお休みください。」


言葉を選びながら王子山は夏摘なつみに伝えた。


「ありがとうございます。青二郎君から王子山さんの話はよく聞いていました。目立つ人じゃないし分かりづらいけど、長く接してみると本当の良さが分かる。誰よりも性根が優しくて暖かい人なんだって。」


涙ながらに夏摘なつみは答える。


「青二郎君とは3年間お付き合いしていて…最初は軽そうな人だと思っていたんですが、でも相手が本当に触れてほしくないところは絶対に触れない。だから人から恨まれるようなこともないんです。人を良く見ていて誰かの悪口を言っている所も見たことがありません。だからこの人と一緒なら幸せになれるって…そう思ったんです。」


王子山も知っている林の性格そのものだ。




「なんで良い人ばかりこんなにも…こんなにも早く逝ってしまうのでしょうか…うっ…っぅぅ…っ」


いつの間にか王子山の席の隣で座っていたレディが夏摘なつみの傍まで移動し、背中をさすった。

その目は優しくも、目の奥ではサムライシャドウに対する義憤の炎が渦巻いていた。

「安心して夏摘なつみさん。これ以上の犠牲者を出さないために、私達が犯人をぶっ潰す。」







久しぶりに人と話して、気分が軽くなったらしく少しだけ表情が明るくなった夏摘なつみは事件当日の林の行動について、話し始めた。


「青二郎君に特段変わった様子はありませんでした。ただ月桑井学園に行くとだけ私に言って、家を出ました。」

「月桑井学園?」


確か林が通っていた高校の名前だったか。記憶が曖昧なので王子山は聞いたことのないものとして夏摘なつみに問う。


「青二郎君の出身高校ですが、3年ほど前に廃校になりました。現在は使われていない校舎がそのまま残されています。夕食前には戻ると言っていたので理由は聞いていないのですがなぜそんな所に…」



「確かに妙だな…」

あの時引き留めておけばと後悔をにじませる夏摘なつみと独りごちる王子山。


あの日、王子山探偵事務所に来た林はそんな場所に行くとは言っていなかった。その時は予定していていなかったのだろうか。イベント、待ち合わせ場所⋯そんなものがあげられるが真相はまだ見えてこない。



引っかかることばかりだが、王子山が一番不審に思うのはそこではなかった。









とある廃ビルの屋上、立ち入り禁止になっている場所には灰色の紙をトリプルテールにした虹色パーカーの少女がある一軒家を遠くから見ていた。


「スケアリー君の相棒の烏、ジェイラー君が示した場所はあそこなのです。よーし…」


トリプルテールの少女・メテコは斜めがけしたサコッシュの中からビー玉を取り出し、良く晴れた青空に上目遣いでウインクした。



「お仕事開始、デス♪」



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2025年12月14日 20:07
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異能(ミステル)×ミステリ〜紅内レディは遅れない〜 チャチャメイト @ChaChaMate

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