「物語」には何が必要で何が不必要なのか――。

 タグに「チェーホフの銃」とある通り、本作は「物語に登場するガジェット」の意義を問う小説です。

 「チェーホフの銃」とは「物語に銃を登場させたなら、結末までに発砲しなければならない」という小説における約束事のこと。

 でも本当に「チェーホフの銃」を究極に突き詰めることなんて可能なのだろうか?

 例えばドラえもん。ドラえもんがネコじゃなくてイヌだったとしても大して変わらないんじゃないか?

 例えばサザエさん。別に名前が「サザエさん」じゃなくて「ホタテさん」でも物語にはそんな影響ないのでは? あえて他のどの魚介類でもなく「サザエ」である意味は?

 なーんて色々考えさせられます。「交換可能な固有名詞」には果たして意味があるのか。答えは読者の皆様ご自身で探っていただきたいなと思います。

 「セロリ」というテーマチョイスも絶妙で素晴らしいなと思いました。わざわざ食べるというほどではないけど、なんとなく時々食べそうな感じの食材。でも別に「セロリ」であることそのものには意味がないのかもしれない――。

 これはセロリを買いに行く少年が、謎のおしゃべりな犬とともに「物語の意義」を探ってゆく物語――。