心に染みる〝ほろ苦い恋〟と、コーヒーの香りを描く──温度のある成長物語

静かに湯気の立つカップの向こう側で
心がそっとほどけていく──

本作は
コーヒーの香りに紛れてしまいそうなほど
繊細な想いを
丁寧にすくい上げて描く物語。

恋の始まりはいつも曖昧で
触れれば崩れそうに脆い⋯⋯

けれど本作の恋は

ほろ苦さと優しさが
同じ温度で胸に残る。

バリスタという職を通して
積み重ねられていく努力
競い合う者たちのまっすぐな矜持

そして〝誰かに似てしまう〟という
不思議な現象が
人物たちの心情に静かな揺らぎをもたらす。

華やかなステージの熱気も
カフェの午後の静けさも

主人公のまなざしを通すことで
一杯のコーヒーのように深い余韻となり
読み手にそっと染み込んでくる。

まだ物語は続く。

だからこそ、この温度のまま
次の一滴が落ちるのを待ちたくなる──

そんな〝香りの残る〟作品です。

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