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改稿前原稿保管庫 第17話 悩んだ【薔薇食む】

 ライオンに|扮《ふん》した男が、吠えている。

 原始人のような、化粧。
 キリンを真似た人。
 全身がしびれるような、猛々しい声。
 華やかで雄々しい、世界観。

 私は今、ライオンキングの劇を鑑賞中だ。

 文化祭の台本は、最初から行き詰った。
 刺激や見本がほしくて、劇場の椅子に座っている。

 
「迫力満点でしたね」
「……うん」


 幕が閉じて、ナギサちゃんとカフェに入った。

 私はミルクティーで、彼女はアメリカンコーヒー。
 クラシックが耳に入っても、心は落ち着かない。


「……はぁ」


 ため息で、カップの水面が揺れた。


「ダメですか……?」
「私はホラー映画のほうが好きかなぁ。馴染めない」


 すべての演者が、生き生きとしていた。
 物語も、好みじゃない。
 すべての生き物を尊重しても、家族を大切にしても、自分の首を締めるだけ。

 現実は、生きるだけで精一杯。


「難しいですね」
「……やっぱり、無理だって。私が話を書くなんて」
「大丈夫ですよ。恵巳さんなら、絶対に最高の作品が作れますよ」
「そうは言われてもなぁ……」


 私は、シナリオの執筆どころか、ストーリーを考えたこともない。

 一度、図書館で勉強した。
 テーマ。アウトライン、メインプロットに、サブプロット
 箱書き。起承転結。序破急。三幕構成
 ブレイクスナイダービートシートに、ヒーローズジャーニー。

 全部、シナリオの本で目にした、専門用語。

 まるで、夜の学校に迷い込んだ気分だった。


「テーマかぁ」


 書きたい話も、伝えたい想いもない。
 私はただ、ナギサちゃんと死にたいだけ。


「いっそのこと、ホラーでもいいですよ。お化け屋敷を劇にするんです」
「……手間、えぐくない?」
「きっと楽しいですよ」
「いやだー。苦労したくない」


 そもそも、人の恐怖を引き出す自信がない。
 悩めば悩むほど、自分の空っぽさに嫌気が差す。


「適当に、有名な台本をいじるだけにしよっかな……」
「それはダメです」


 凛とした意思が、鼓膜を刺激した。


「……なんで?」
「あたしは、恵巳さんの作った話しか、演じたくありません」
「いいじゃん。不出来なシナリオよりはマシだし」
「気持ち悪いじゃないですか。あたしは恵巳さんと一緒に死にたいのに、知らない誰かが考えたセリフを口にしたくありません」
「……そっか」


 想いは嬉しい。だけど、困る。
 ナギサちゃんの態度は、メスライオンのようだ。


「……ライオンかぁ」
「どうしたんですか?」


 ライオンキングより、ライオンに興味がある。
 気ままに狩りをして、生きる。
 いつ死ぬのかわからない、野生。

 なにより、|あの瞬間《・・・・》が気持ちよさそう。


「首を、噛んでみたい」


 自然と、口に出ていた。
 おねだり未満の、願望。

 コーヒーカップを置く音が、響いた。


「いいですよ。私の首、噛んでください」
「あ、え? ごめん、そんなつもりじゃ」
「嫌なんですか?」
「あ、えっと……噛みたい、けど……」
「じゃあ、家に帰りましょうか」
「……うん」


 ミルクティーを飲み干しても、甘くない。
 店を後にして、無言で歩く。

 瞳孔を絞って、ナギサちゃんの首筋を見つめる。

 帰宅した頃には、ふくらはぎが痛んだ。


「汗をかいたので、お風呂に入った後でいいですか?」
「入浴中のほうがよくない?」
「……たしかに。すぐに沸かしますね」
「うん、お願い」
「手洗いとうがいも、お忘れなく」
「うん」
「あと、歯磨きも」
「……うん」


 入念に歯を磨くと、すぐに時間が過ぎた。

 普段は気にならない、給湯終了の合図。キラキラ星だったんだ。

 服を脱ぎ、湯船に浸かる。

 大自然を舞台にした劇を見たあとだと、居心地が悪い。


「……失礼します」
「どうぞ」


 ナギサちゃんが、私の上に乗る。
 卵のように抱きしめると、手首に吐息がかかった。


「いくよ」
「……はい」


 口を開き、傷一つない首筋へ、近づける。

 ライオンの姿が、浮かぶ。
 鋭い牙を突き立て、シマウマを仕留める。

 同じ、行為。

 顎に力を入れた瞬間、脳が吠えた。

 歯を伝って、ナギサちゃんの血流が、鼓動が、呼吸が、神経をめぐる。

 ライオンキング。
 生に満ちた、物語。

 私は、許せなかった。
 物語が終わっても、主人公の人生は続いていくのが。

 責任をとれ。
 キャラの人生も、終わらせろ。

 希望も、ハッピーエンドも、人間賛歌も、嫌いだ。信用できない、まがいもの。 
 この世界は、生きているだけで苦しい。みんな、目を背けているだけ。

 見ろ。
 しっかりと、焼きつけろ。

 目の前の地獄を。苦しんでいる、人間を。
 生きるのが当たり前とは、思いたくない……?

 ううん。
 違う。
 ズレてる。

 …………そうか。

 叫びたいんだ。
 

 私の苦しみは、当然なんかじゃない! って。
 

 ああ、そっか。だから、私は。


「救いのない話を、書きたい」
「……あっ、恵巳さん」


 水面で、一筋の赤い線がにじむ。

 頭の中で、シマウマが、死んだ。

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