——ママもパパも、最低すぎます。
拗ねた少女の声が、聞こえた。
真夜中の街を、不用心に放浪している。
——なんで、あたしは勝手に生まれて、死に方も選べないんでしょうか。
視線が下を向き、歩幅が狭くなる。
——本当は、目立つのが苦手なんです。残りの人生、静かに過ごしたい。
ため息をつき、足を止める。
見上げた夜空には、星ひとつも浮かんでいなかった。
ふと、雨粒が肌を刺す。
——深夜ですし、カフェとかは入れないですよね。
目に留まったのは、アパート。
息をひそめ、侵入する。
共有スペースに腰をおろして、身を丸めた。
——なんか、もう、どうでもいいです。
時間が、飛ぶ。
足音が響き、すぐ隣で止まった。
「ねえ、どいて」
女性の声に、顔を上げる。
視界に映ったのは、私だ。
殺人帰りのような顔で、目を向けている。
スーツの左側は、赤黒い。
理解できた。
|この情景《・・・・》は、私の記憶じゃない。
「なんで、血……?」
「手首、切ったから」
——変わった人。だけど、かっこいい人。
さらに、言葉を交わしていく。
段々と視界がにじみ、言葉が上擦った。
「ねえ、なんで人って、死んじゃうのかな。なんで、死ぬって、こんなに悲しいのかな?」
——あれ、あたし……。初対面の人に、何を言ってるんだろう。絶対、適当な言葉しか言わないですよね。あたしの気持ちなんて、誰も……。
「もう、好きに、しねよ」
言葉が聞こえた瞬間、視界の色彩が、華やいだ。
息が荒くなり、涙が熱く|沸《わ》いた
――好きに死んで……いいの?
女性が、鳥海恵巳が、歩き出す。
玄関が閉まる瞬間、とっさに足を割り込ませて、部屋に入った。
——あれ? 何してるの、あたし……?
困惑しながらも、言葉を紡いでいく。
「3年後、あたしと一緒に、あの世へ行ってくれませんか?」
胸が高鳴って、咲く。
1本の、青薔薇。
薔薇の花束を作る時、偶然知った。
本数には、ロマンチックな言葉が込められている。
孤独な薔薇が持つ意味は、最も情熱的。
――あたしの心、一目惚れ、しちゃったん……ですね。
口の中が空になり、現実に戻る。
記憶を吸った青薔薇を、口移しで飲み込ませた。
ナギサちゃんは、目を丸くしたまま、口元を押さえている。
19本の青薔薇とともに、固唾を呑んで、待つ。
開口一番の、言葉を。
「恵巳……さん?」
私の名前だ。
つまり。
「久しぶり、でいいのかな?」
「えっと、はい。すみません……今、どういう状況ですか……?」
「ははっ!」
思わず、破顔する。
「ねえ、行こう!!!」
「え、ちょっと、恵巳さん!?!?」
痩せ切った体をお姫様抱っこして、壁画のように大きな遺影を背に、走り出す。
「ちょっと! 待ちなさいっ!!!」
ナギサちゃんママだけが、追いかけてくる。
豪華なドレスと靴のせいで、スピードがない。
すぐに姿も、声も、消え失せた。
「あははは」
「ふふふ」
意味もなく、笑ってしまう。
頭、おかしくなってる。
裏路地に入り、お嬢様の体をおろす。
青薔薇を取り出し、咀嚼し、均整のとれたお口に流し込む。
19回。
彼女は、一切抵抗しなかった。
ただただ、私の行為を受け入れるだけ。
終わると、ナギサちゃんの顔は、わらび餅のように蕩けていた。
「もう、おしまい……なんですか?」
「ナギサちゃん、毎日記憶を失って、青薔薇を咲かすから」
「……あっ、そうですね。毎朝……」
寝起きに、口移しをする。
「ねえ、ナギサちゃん」
「なんですか?」
「どこまで、両親のことを覚えてる?」
「……あれ?」
ああ。
やっぱり。
|こうなる《・・・・》と思ってた。
「恵巳さんのことしか……」
「パパもママも、覚えてない?」
「……はい」
「最高だよね」
「そうですね……。本当に、嬉しいです」
ナギサちゃんの頭の中には、もう、私との記憶しかない。
余命、のこり1か月。
澄み切った逃避行が、はじまる。
【後書き】
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
私事で恐縮ですが、明日肩2泊3日の旅行に行きます。
そのため、更新は少しお休みさせて頂きます。
移動時間で執筆して、なんとか3日間のうちに1回は更新する予定です。
(番外編になるかもです)