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改稿前原稿保管庫 第35話 迫った【薔薇食む】

 伸びた爪を切り、青薔薇を、束ねる。

 無上の体から生まれた、花弁たち。

 宝石商のようなしぐさで、ケースから取り出していく。
 臭いは、ない。
 感触は硬く、乾燥状態でも、青々しいままだ。


「…………ふふふ」


 ナギサちゃんを真似して、上品に笑った。
 私には、似合わない。

 今は、8月。
 私の世界が消えるまで、あと1か月。

 今日、ナギサちゃんの生前葬が、執り行われる。

 最後の話題作りだ。
 16歳の、生前葬。
 青薔薇病に苦しむ、美少女。
 毎日消失する、記憶。
 本人はもう、葬式の意味も理解できない。

 残っているのは、1歳から2歳程度の思い出。
 見た目は女子高校生なのに、発語すらままならない。

 周囲から見れば、残酷。
 本人視点なら、幸せなのかもしれない。
 死ぬ苦悩が、皆無だから。

 でも、間違ってる。
 生きるのが苦しいから、死は何よりも美しい。


「……よし、行こう」


 タキシードのように真新しい喪服を身にまとい、外に出る。
 手荷物は、青薔薇の花束だけだ。

 式場は、巨大な施設だ。
 著名人の送別式に使用される場所で、満員電車のように人が群がっている。


「ナギサちゃん」


 私はこの日のために、準備を整えてきた。
 会場の下調べからはじまり、スタッフの懐柔、警備の穴も見つけた。

 毎日、死に物狂いだった。
 生まれてはじめて、血のにじむ努力をした。
 土下座も、脅迫も、暴力も、利用する。
 後先なんて、考えなくていい。
 どうせ、私は1か月後、絶頂しながら死ぬのだから。


 ああ。
 楽しみ……。

 私だけのナギサちゃんが、生まれるんだ。


 彼女の母親は、式の崩壊を恐れている。
 私の乱入を警戒してか、警備は厳重だ。

 だけど、問題はない。
 お金や、家族。人の弱みなんて、単純だ。
 他人のために生きる人間は、大変だよね。

 参列客に紛れ込み、順番を待つ。

 作り物の青薔薇を配布され、棺の中に収めていく。
 中で眠っている人影は、ナギサちゃん本人だ。

 私の番が、来た。

 お嬢様は、楽しそうに手を振っていた。
 純粋に、人に笑顔を向けているだけ。
 自分がもうすぐ死ぬことも、念仏の意味も知らない。

 
「ねえ、私のこと、覚えてる?」
「……?」


 頭を傾げる姿を前に、思わず抱きしめる。
 仕草が、変わっていない。
 私の知るナギサちゃんのままだ。


「ちょっ!? あなた何してるのよ!」


 気付いたナギサちゃんママが、叫んだ。
 まるで、自分が主役かのような、豪華な黒ドレスを揺らしながら、迫ってくる。


「この、人でなしが」


 次の瞬間、警備員が動いた。
 すぐさま、拘束する。

 騒いでいる、女優かぶれの体を。


「はあ!? あなた達、どういうつもり!?!?」


 当然だよね。
 みんな、同情の対象は、ナギサちゃんなんだから。

 扱いに不満を持っている関係者は、いくらでもいる。


「ねえ、目をつむってくれない?」


 なんの疑いもなく、瞼を閉じるナギサちゃん。

 私の指が、花束から、1本の青薔薇を抜く。
 花弁を口に含み、咀嚼した。

 味も、感触も、わからない。
 全部、どうでもいい。

 今から起きることを、考えたら。

 鼻息が、頬をくすぐる。
 まつ毛が触れあい、私の歪な唇に、冷たくて柔らかい部位が、当たった。


 冷たい体を抱きしめ、青薔薇のペーストを、熱く、激しく、流し込んでいく。

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