伸びた爪を切り、青薔薇を、束ねる。
無上の体から生まれた、花弁たち。
宝石商のようなしぐさで、ケースから取り出していく。
臭いは、ない。
感触は硬く、乾燥状態でも、青々しいままだ。
「…………ふふふ」
ナギサちゃんを真似して、上品に笑った。
私には、似合わない。
今は、8月。
私の世界が消えるまで、あと1か月。
今日、ナギサちゃんの生前葬が、執り行われる。
最後の話題作りだ。
16歳の、生前葬。
青薔薇病に苦しむ、美少女。
毎日消失する、記憶。
本人はもう、葬式の意味も理解できない。
残っているのは、1歳から2歳程度の思い出。
見た目は女子高校生なのに、発語すらままならない。
周囲から見れば、残酷。
本人視点なら、幸せなのかもしれない。
死ぬ苦悩が、皆無だから。
でも、間違ってる。
生きるのが苦しいから、死は何よりも美しい。
「……よし、行こう」
タキシードのように真新しい喪服を身にまとい、外に出る。
手荷物は、青薔薇の花束だけだ。
式場は、巨大な施設だ。
著名人の送別式に使用される場所で、満員電車のように人が群がっている。
「ナギサちゃん」
私はこの日のために、準備を整えてきた。
会場の下調べからはじまり、スタッフの懐柔、警備の穴も見つけた。
毎日、死に物狂いだった。
生まれてはじめて、血のにじむ努力をした。
土下座も、脅迫も、暴力も、利用する。
後先なんて、考えなくていい。
どうせ、私は1か月後、絶頂しながら死ぬのだから。
ああ。
楽しみ……。
私だけのナギサちゃんが、生まれるんだ。
彼女の母親は、式の崩壊を恐れている。
私の乱入を警戒してか、警備は厳重だ。
だけど、問題はない。
お金や、家族。人の弱みなんて、単純だ。
他人のために生きる人間は、大変だよね。
参列客に紛れ込み、順番を待つ。
作り物の青薔薇を配布され、棺の中に収めていく。
中で眠っている人影は、ナギサちゃん本人だ。
私の番が、来た。
お嬢様は、楽しそうに手を振っていた。
純粋に、人に笑顔を向けているだけ。
自分がもうすぐ死ぬことも、念仏の意味も知らない。
「ねえ、私のこと、覚えてる?」
「……?」
頭を傾げる姿を前に、思わず抱きしめる。
仕草が、変わっていない。
私の知るナギサちゃんのままだ。
「ちょっ!? あなた何してるのよ!」
気付いたナギサちゃんママが、叫んだ。
まるで、自分が主役かのような、豪華な黒ドレスを揺らしながら、迫ってくる。
「この、人でなしが」
次の瞬間、警備員が動いた。
すぐさま、拘束する。
騒いでいる、女優かぶれの体を。
「はあ!? あなた達、どういうつもり!?!?」
当然だよね。
みんな、同情の対象は、ナギサちゃんなんだから。
扱いに不満を持っている関係者は、いくらでもいる。
「ねえ、目をつむってくれない?」
なんの疑いもなく、瞼を閉じるナギサちゃん。
私の指が、花束から、1本の青薔薇を抜く。
花弁を口に含み、咀嚼した。
味も、感触も、わからない。
全部、どうでもいい。
今から起きることを、考えたら。
鼻息が、頬をくすぐる。
まつ毛が触れあい、私の歪な唇に、冷たくて柔らかい部位が、当たった。
冷たい体を抱きしめ、青薔薇のペーストを、熱く、激しく、流し込んでいく。