シナリオの方向性は、決まった。
救いのない話。
ロミオとジュリエットのような、悲恋。
一度筆が乗ると、スムーズだった。
テーマは一旦、後回し。
ヒロインは、ナギサちゃんをベースに構築しよう。
上品で意思の強いのに、危うげな女の子。
最後の晩餐みたいに、幸せを盛り込む。
単純な幸福は、書けない。だけど、バッドエンド前提なら、筆が走る。
物語が、膨れ上がっていく。
セリフが聞こえる。
キャラが動き出す。
動きが見える。
世界が、広がった。
ふと、ミルクティーの香りが漂う。
「どうですか、恵巳先生」
「……やめて。恥ずかしい」
「ふふふ」
カップを受け取ると、飲み頃の温度。
口を潤すと、品のいい笑い声が聞こえた。
「何かおかしい?」
「いえ。あたし、好きなんです。恵巳さんの悩んでいる顔」
「ひどい見た目でしょ?」
「そんなことありませんよ。ブルドッグみたいで、かわいいです」
「うわー。サイアク」
眉間をほぐすと、気づく。
「私の頭、アチアチだ。知恵熱かな?」
「風邪ですか?」
「喉痛くないし、違うと思う」
「ちょっとみせてください」
白磁器のような手が、額に触れた。
「うーん、熱っぽくはないですね」
「ナギサちゃんの手、ひんやりする」
「そうなんですか? 青薔薇病のせいでしょうか」
「きもちいー」
滑らかな肌触りもあり、焼石になった脳に染みる。
「もうちょっと触りますか?」
「お願い」
「膝枕はどうですか?」
「……うん」
膝も、ひんやり。
目を閉じると、寝落ちしそう。
「お話の進捗はどうですか?」
「おかげ様で、順調だよ」
「よかったです。主役はあたし、なんですよね?」
「うん。ヴァンパイアに拾われる、病弱なお嬢様。伯爵のご令嬢」
「ヴァンパイアを選んだのは、なんでですか?」
歯形のついた首筋に、視線が惹きつけられる。
「……首を噛みながら、思いついたから」
私はきっと、お嬢様の相方に、自己投影している。
皮肉屋で、自分が嫌い。
一途で、情熱的。
死にたがりの、落伍者。
だから、嫌いだ。
物語で、殺さないといけない。
「ヴァンパイア役は、恵巳さんですか?」
「ううん。そこまではしない」
「あたしが誰かと手を握るの、嫌じゃないんですか?」
脳が、勝手に想像した。
同年代の男の子と笑い合い、キスをし、頬を赤らめる、ナギサちゃん。
私以外を選んだ、イフの世界。
「……嫌だけど、我慢できる」
「本当ですか?」
「……後で考える」
「うーん、わかりました」
そもそも、私だけが30代だ。
表に出たら、台無しになる。
「どうせなら、あたしたちの思い出を、話に盛り込みませんか?」
「やだ。それは絶対にやだっ!」
「え、意外です」
「見世物じゃないし。ふたりだけの宝ものを、見せたくない」
無意識に反映される可能性はある。
でも、わざと入れたくはない。
「……恵巳さん、かわいい」
「意地汚いだけでしょ」
「あたし達だけの宝もの、ですか。ふふふ」
「やめてっ! 恥ずかしいからっ!」
気分転換も終わり、執筆に戻る。
1週間で、完成した。
クラス内の評判は、上々。
本格的に準備がはじまった。
すんなり行き過ぎて不安だったけど、気づく。
みんな、話の中身には、興味がないのかも。
ワチャワチャできれば、それでいいんだ。
早速、配役決めがはじまる。
主人公のお嬢様はもちろん、ナギサちゃん。
相手役のヴァンパイアが問題だ。
挙がった手は、10以上。
その中に、ツンツンくんもいた。
すぐさま開かれる、オーディション。
結果は、圧倒的すぎた。
ツンツンくんが喉を震わすと、空気が塗り替わる。
声の張り方。
表情。
所作。
圧巻の演技力。
なにもかもが、台本通り。ううん、超えていた。
誰も文句を言えず、黒板に書かれる、ツンツンくんの名前。津田つとむ。
私の口から、安堵の息が漏れた。
理由は、自分でもわからない。悪霊に、体を操られた気分だった。