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改稿前原稿保管庫 第18話 書いた【薔薇食む】

 シナリオの方向性は、決まった。

 救いのない話。
 ロミオとジュリエットのような、悲恋。

 一度筆が乗ると、スムーズだった。

 テーマは一旦、後回し。

 ヒロインは、ナギサちゃんをベースに構築しよう。
 上品で意思の強いのに、危うげな女の子。

 最後の晩餐みたいに、幸せを盛り込む。
 単純な幸福は、書けない。だけど、バッドエンド前提なら、筆が走る。
 
 物語が、膨れ上がっていく。
 セリフが聞こえる。
 キャラが動き出す。
 動きが見える。
 世界が、広がった。

 ふと、ミルクティーの香りが漂う。


「どうですか、恵巳先生」
「……やめて。恥ずかしい」
「ふふふ」


 カップを受け取ると、飲み頃の温度。
 口を潤すと、品のいい笑い声が聞こえた。
 

「何かおかしい?」
「いえ。あたし、好きなんです。恵巳さんの悩んでいる顔」
「ひどい見た目でしょ?」
「そんなことありませんよ。ブルドッグみたいで、かわいいです」
「うわー。サイアク」


 眉間をほぐすと、気づく。


「私の頭、アチアチだ。知恵熱かな?」
「風邪ですか?」
「喉痛くないし、違うと思う」
「ちょっとみせてください」


 白磁器のような手が、額に触れた。


「うーん、熱っぽくはないですね」
「ナギサちゃんの手、ひんやりする」
「そうなんですか? 青薔薇病のせいでしょうか」
「きもちいー」


 滑らかな肌触りもあり、焼石になった脳に染みる。


「もうちょっと触りますか?」
「お願い」
「膝枕はどうですか?」
「……うん」


 膝も、ひんやり。
 目を閉じると、寝落ちしそう。


「お話の進捗はどうですか?」
「おかげ様で、順調だよ」
「よかったです。主役はあたし、なんですよね?」
「うん。ヴァンパイアに拾われる、病弱なお嬢様。伯爵のご令嬢」
「ヴァンパイアを選んだのは、なんでですか?」


 歯形のついた首筋に、視線が惹きつけられる。


「……首を噛みながら、思いついたから」


 私はきっと、お嬢様の相方に、自己投影している。
 皮肉屋で、自分が嫌い。
 一途で、情熱的。
 死にたがりの、落伍者。

 だから、嫌いだ。
 物語で、殺さないといけない。
 

「ヴァンパイア役は、恵巳さんですか?」
「ううん。そこまではしない」
「あたしが誰かと手を握るの、嫌じゃないんですか?」


 脳が、勝手に想像した。
 同年代の男の子と笑い合い、キスをし、頬を赤らめる、ナギサちゃん。

 私以外を選んだ、イフの世界。


「……嫌だけど、我慢できる」
「本当ですか?」
「……後で考える」
「うーん、わかりました」


 そもそも、私だけが30代だ。
 表に出たら、台無しになる。


「どうせなら、あたしたちの思い出を、話に盛り込みませんか?」
「やだ。それは絶対にやだっ!」
「え、意外です」
「見世物じゃないし。ふたりだけの宝ものを、見せたくない」


 無意識に反映される可能性はある。
 でも、わざと入れたくはない。


「……恵巳さん、かわいい」
「意地汚いだけでしょ」
「あたし達だけの宝もの、ですか。ふふふ」
「やめてっ! 恥ずかしいからっ!」


 気分転換も終わり、執筆に戻る。
 1週間で、完成した。 

 クラス内の評判は、上々。
 本格的に準備がはじまった。

 すんなり行き過ぎて不安だったけど、気づく。

 みんな、話の中身には、興味がないのかも。
 ワチャワチャできれば、それでいいんだ。

 早速、配役決めがはじまる。

 主人公のお嬢様はもちろん、ナギサちゃん。
 相手役のヴァンパイアが問題だ。

 挙がった手は、10以上。
 その中に、ツンツンくんもいた。
 
 すぐさま開かれる、オーディション。

 結果は、圧倒的すぎた。
 ツンツンくんが喉を震わすと、空気が塗り替わる。
 声の張り方。
 表情。
 所作。
 圧巻の演技力。

 なにもかもが、台本通り。ううん、超えていた。

 誰も文句を言えず、黒板に書かれる、ツンツンくんの名前。津田つとむ。

 私の口から、安堵の息が漏れた。
 理由は、自分でもわからない。悪霊に、体を操られた気分だった。

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