• 現代ドラマ
  • ホラー

改稿前原稿保管庫 第16話 決まった【薔薇食む】

 2学期に入って早々、クラスに暗雲が立ち込めていた。

 全員が下を向き、息をひそめる。
 響く音は、担任のため息だけ。
 青春の時間が、無意味に浪費されていく。


「早く決めないと帰れないぞー」


 コツコツと叩かれた黒板には、箇条書きが並ぶ。
 タコ焼き。焼きそば。写真展示。ゲーム大会。射的。のど自慢。

 今は、文化祭の催しを決めている。

 私たちのクラスは、ナギサちゃんの影響か、大人しい印象だ。
 喧嘩をせず、規則正しい。
 成績も上々。
 模範的なクラス像そのものだ。

 だが、品行方正さが欠点となる時もある。


「他にないのかー」


 担任は困り顔だ。
 しかし、彼こそが地獄を作った張本人といえる。

 はじまりは、帰りのホームルーム。
 何気ない一言に、緊張が走った。


 文化祭の出し物の提出、今日までだぞー。


 全員の頭に、疑問符が浮かんだ。
 知らない情報。
 担任のうっかりが発覚し、慌てて、アイディア出しが開かれた。

 トドメに、彼のこだわりだ。青春の中心だからと、簡素な出し物を認めない。
 無難なアイディアは却下され、誰も手を挙げなくなった。

 珍しいことに、ナギサちゃんも萎縮している。


「……ちっ」


 後ろから、舌打ちが聞こえた。
 クラス唯一の問題児。ツンツンくん。

 一学期よりも、態度が悪くなり、左目は眼帯に覆われている。
 夏休み中に、よくないことがあったのだろう。


「……はぁ」


 無言の空気に漂う、声。

 早く終わらせてくれ。
 帰りたい。
 なんでもいいよ。
 部活があるのに。
 塾に間に合わない。
 くだらない。
 誰か、なんとかしろよ。
 誰か。誰か。誰か。

 思い出す。
 会社の会議でも、停滞は日常茶飯事だった。
 責任やパワーバランスが絡み合い、がんじがらめになっていく。

 解決方法は、ひとつしかない。


「もう、演劇にしませんか?」


 空気を、無視する。
 誰かが貧乏くじを引くしかない。

 今回は、私の役目だ。


「演劇、いいじゃないか!」


 担任の口から出た肯定に、場が緩む。

 同時に、針のような視線が突き刺さった。
 演劇は面倒だろ。そんなやる気ねえよ、と。

 私も同じ考えだ。
 脚本、配役、練習、道具や衣装の作成。
 奪われる時間が、膨大すぎる。

 しかし、私には狙いがあった。


「ナギサちゃんを主演にしましょう」


 彼女の演技を見たい。
 晴れやかな衣装を身にまとった姿を、目に焼き付けたい。

 可憐な美貌を前に、誰もが納得するはずだ。

 
「わかりました」


 チャイムよりも通る声とともに、立ち上がるナギサちゃん。
 迷いない指先が、私に向けられた。

 
「脚本は、恵巳さんがお願いしますね」


 瞳は、太陽に透かしたビー玉のように、輝いていた。
 視線から、考えが伝わってくる。


――あたし、恵巳さんの脚本以外、演じたくないですからね。


 ああ。
 そっか。
 ナギサちゃんは、わざと黙っていた。
 私が提案するのを、予測して。

 見事なまで、手玉にとられていたのだ。

 奥歯を噛みしめながらも、口元が緩み、目が笑う、。私は、頷く他なかった。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する