2学期に入って早々、クラスに暗雲が立ち込めていた。
全員が下を向き、息をひそめる。
響く音は、担任のため息だけ。
青春の時間が、無意味に浪費されていく。
「早く決めないと帰れないぞー」
コツコツと叩かれた黒板には、箇条書きが並ぶ。
タコ焼き。焼きそば。写真展示。ゲーム大会。射的。のど自慢。
今は、文化祭の催しを決めている。
私たちのクラスは、ナギサちゃんの影響か、大人しい印象だ。
喧嘩をせず、規則正しい。
成績も上々。
模範的なクラス像そのものだ。
だが、品行方正さが欠点となる時もある。
「他にないのかー」
担任は困り顔だ。
しかし、彼こそが地獄を作った張本人といえる。
はじまりは、帰りのホームルーム。
何気ない一言に、緊張が走った。
文化祭の出し物の提出、今日までだぞー。
全員の頭に、疑問符が浮かんだ。
知らない情報。
担任のうっかりが発覚し、慌てて、アイディア出しが開かれた。
トドメに、彼のこだわりだ。青春の中心だからと、簡素な出し物を認めない。
無難なアイディアは却下され、誰も手を挙げなくなった。
珍しいことに、ナギサちゃんも萎縮している。
「……ちっ」
後ろから、舌打ちが聞こえた。
クラス唯一の問題児。ツンツンくん。
一学期よりも、態度が悪くなり、左目は眼帯に覆われている。
夏休み中に、よくないことがあったのだろう。
「……はぁ」
無言の空気に漂う、声。
早く終わらせてくれ。
帰りたい。
なんでもいいよ。
部活があるのに。
塾に間に合わない。
くだらない。
誰か、なんとかしろよ。
誰か。誰か。誰か。
思い出す。
会社の会議でも、停滞は日常茶飯事だった。
責任やパワーバランスが絡み合い、がんじがらめになっていく。
解決方法は、ひとつしかない。
「もう、演劇にしませんか?」
空気を、無視する。
誰かが貧乏くじを引くしかない。
今回は、私の役目だ。
「演劇、いいじゃないか!」
担任の口から出た肯定に、場が緩む。
同時に、針のような視線が突き刺さった。
演劇は面倒だろ。そんなやる気ねえよ、と。
私も同じ考えだ。
脚本、配役、練習、道具や衣装の作成。
奪われる時間が、膨大すぎる。
しかし、私には狙いがあった。
「ナギサちゃんを主演にしましょう」
彼女の演技を見たい。
晴れやかな衣装を身にまとった姿を、目に焼き付けたい。
可憐な美貌を前に、誰もが納得するはずだ。
「わかりました」
チャイムよりも通る声とともに、立ち上がるナギサちゃん。
迷いない指先が、私に向けられた。
「脚本は、恵巳さんがお願いしますね」
瞳は、太陽に透かしたビー玉のように、輝いていた。
視線から、考えが伝わってくる。
――あたし、恵巳さんの脚本以外、演じたくないですからね。
ああ。
そっか。
ナギサちゃんは、わざと黙っていた。
私が提案するのを、予測して。
見事なまで、手玉にとられていたのだ。
奥歯を噛みしめながらも、口元が緩み、目が笑う、。私は、頷く他なかった。