鼻歌が、上から降ってきた。
リズムも音階も、聞き覚えがない。
お嬢様のオリジナルソングだ。まるでサスペンスのような曲調で、眉間に皺が寄る。
「ご機嫌だね」
おんぶ中のナギサちゃんに、声を掛けた。
荒い鼻息が、私のつむじをくすぐる。
「交通事故なんて、はじめての経験でしたから。すっごくドキドキしました」
「私は肝が冷え切ったんだけど」
「あんなに慌てる恵巳さん、滅多に見れません。ふふふ」
単独事故を起こした後、私たちは車を放置した。
警察は面倒だし、死ねば責任もない。
短命って、気楽だ。
「でも、どうしようか。寝る場所がなくなっちゃった」
「野宿ですか?」
「テントどころか、寝袋もないしなぁ」
今は8月。
真夏だからこそ、不安だ。
「このままじゃあ、動物に食べられて終わりかなぁ」
「あー。それも魅力的ですね」
「そう? 多分、痛いよ」
「いいじゃないですか」
細い腕が、首の頸動脈に絡みつく。
濡れた地面のように冷たくて、心地いい。
「ふたりで同じ痛みを味わいながら絶命して、動物の胃酸で、細胞レベルで溶けあうんですよ。素敵じゃないですか」
自然と、足が止まる。
背中から薄い体をおろし、ベンチに座らせた。
「……ナギサちゃんって、時々すごいことを口走るよね」
「え、おかしいですか?」
「理解はできるけど、発想がすごいなって」
天然の危うさを感じて、手を握る。
「……全部、恵巳さんのせいじゃないですか」
頬を膨らませた、ナギサちゃん。目に入り、息が止まった。
「私、教えた覚えはないんだけど」
「あたしはあなたに歪められたんです。責任とってください」
「一緒に死ぬぐらいしかできないけど」
「動物に食べられて、ですか?」
自分の体に、肉食動物の牙が突き立てられる想像が、浮かんだ。
「ほら、グロテスクじゃん。もっとキレイに死にたいかも」
「恵巳さんはグロが苦手ですよね」
「ナギサちゃんは、スプラッターとか好きだよね」
「なぜか心惹かれるんです」
再度、お嬢様をおんぶしようとする。
だけど拒否されて、手を繋いで、老夫婦のように歩き出した。
ふと、視界に入る。クマ出没注意の、看板。
「まあ、私は惨たらしく死ぬべきなんだろうなぁ」
「どうしてですか?」
「ろくでなしだから。」
突然、頭頂部に、葉が落ちたような衝撃が響いた。
「恵巳さんは、もっと自分を好きになるべきですよ」
「うーん、もう死ぬし、好きになってもなぁ」
「死ぬから、ですよ」
「どういうこと?」
頬に、ひんやりとした指が這ってくる。
「死ぬ時ぐらい、自分のことを好きになってください」
「好き……かぁ」
「自信を持ってください」
「自信、かぁ……」
何度も、心の中で2文字を反芻した。
繰り返しても、心に馴染まない。
「よくわかんない。どこから湧いてくるんだろう」
「じゃあ、あたしが自信を教えますね」
「ナギサちゃんが?」
「はい。いっぱい褒めてあげます」
「今よりも?」
「……はい。2年間溜めた想いを、ぶつけます」
「そっか」
歩いている間、ずっと囁かれた。
私の体の綺麗な部分。
性格。
思い出。
2時間は続いていた。
「どうですか?」
「うーん、わかんない」
「……難しいですね」
歩き続け、日が暮れるころには、廃病院を、みつけた。