私たちは今、バスで移動している。
目的地は、わからない。
ただ、終点まで運ばれるだけだ。
「……のどかだ」
多種多様な人物が、バスを乗り降りしている。
学生。老人。主婦。サラリーマン。
全員、急ぐ様子がない。
日時計のような、穏やかな雰囲気が漂う。
「恵巳さん、こういう場所が好きでしたっけ?」
「うーん。悪くない」
「意外です」
「ナギサちゃんは、もっと刺激的な場所が好みだよね」
左手首の傷跡に触れると、脳が熱くなった。
「あたしはどっちも好きですよ。恵巳さんの顔を見れるなら」
「ブレないね」
「どんな顔も素敵ですから」
「……うん、ありがとう」
最後のバス停は、山の中だった。
周囲には建物すら無く、森と道路だけが広がっている。
「さて、どうしようか」
「歩きますか?」
「解体作業のせいで筋肉痛だからなぁ」
「あ、あそこに看板がありますよ」
早速向かうと、分岐看板が立っていた。
「展望台があるらしいですよ」
「へー。見晴らしよさそう」
「高いところで死ぬのって、気持ちよさそうですよね」
「そうだね」
「見に行きますか?」
「まあ、頑張れる、かな」
「決まりですね」
草に侵食された山道階段を、上る。
たった10段で、ナギサちゃんの肺はギブアップ。
背負って、進んでいく。
「最近、自然ばっかりですね」
「そうだね。人目を避けているから」
「中々いい場所って、見つかりませんよね」
勢いよく足を上げると、偶然、蛙を踏み潰した。
「死に場所なんて、発見できる方がめずらしいよ」
「そうかもしれませんね」
無言になると、環境音が目立つ。
風が、木々を鳴らす音。
動物の騒々しさ。
鳥の羽ばたき。
生に執着する者たちの、集まり。
私たちは、満足死するために、歩いている。
「やっぱり、海かなぁ」
「いいですよね。海」
「山よりもうるさくないし、溺れるだけだし」
「でも、水死体って酷い状態らしいですよ。水を吸って膨らんで、ブヨブヨになると聞きました」
「うわぁ。想像したくない」
頭を全力で振ると、お嬢様のクスクス声が、鼓膜を刺激した。
「柔らかくなったところを、魚たちが食べるみたいですよ」
「魚って、人間も食べるんだ」
「多分、人の肉だと気づいていないですよ。唇や目玉が最初らしいです」
「……誰かわからなくなるね」
「死体なんて、全部溶けるぐらいがちょうどいいですよ」
「そうだね」
階段を登り切り、頂きの光景を、目にする。
肺が膨らみ、頭皮が粟立つ。
視界のすべてが、花畑に、染まった。
広さは、校庭の10倍以上。
人は、誰もいない。
貸し切り状態だ。
「すごいね」
「……はい」
「でも、死ぬには合わないかな」
「そうですね。もっと冷たい場所がいいです」
「だよね」
草原で寝そべり、空を眺める。
手を伸ばすと、天国に触れそうだった。
「春だったら、もっと」
「それでも、壮観だ。こんなところがあったんだ」
「……はい。素敵です」
野花は摘み取り、鼻に近づける。
甘い香りを吸い込み、息を吐く。
「そういえば、青薔薇病って、伝染しないんだっけ?」
「遺伝子異常ですから。子供に受け継がれるぐらいでしょうか。なんでですか?」
「なんか、私も、花を咲かせたい気分だから」
「これはあたしの特権ですから」
「そっか」
「体が弱るんですから、いいものじゃないですよ」
「そうだね」
小指サイズの花を見つけ、口に入れる。
|緩慢《かんまん》に咀嚼し、青薔薇を思い浮かべた。
「あれ、恵巳さん」
「なに?」
突然、感じた。
左手に、ひんやり人肌。
「薬指が膨らんでませんか?」
「あー。昨日からあるんだよね。なんだろう?」
「これって……」
顔を近づけると、ナギサちゃんの肌色が、青白く、豹変した。
「どうしたの?」
「あ、え、嘘……」
痛みが、走る。
脳裏に浮かぶ、内側からカッターが生えるイメージ。
赤い血が垂れはじめ、出来物が大きく、成長していく。
次の瞬間。
私の心臓はときめき、ナギサちゃんの口から、短い絶叫が、漏れた。