• 現代ドラマ
  • ホラー

改稿前原稿保管庫 第40話 うつった【薔薇食む】

 私たちは今、バスで移動している。

 目的地は、わからない。
 ただ、終点まで運ばれるだけだ。


「……のどかだ」


 多種多様な人物が、バスを乗り降りしている。
 学生。老人。主婦。サラリーマン。
 全員、急ぐ様子がない。

 日時計のような、穏やかな雰囲気が漂う。


「恵巳さん、こういう場所が好きでしたっけ?」
「うーん。悪くない」
「意外です」
「ナギサちゃんは、もっと刺激的な場所が好みだよね」


 左手首の傷跡に触れると、脳が熱くなった。


「あたしはどっちも好きですよ。恵巳さんの顔を見れるなら」
「ブレないね」
「どんな顔も素敵ですから」
「……うん、ありがとう」


 最後のバス停は、山の中だった。
 周囲には建物すら無く、森と道路だけが広がっている。


「さて、どうしようか」
「歩きますか?」
「解体作業のせいで筋肉痛だからなぁ」
「あ、あそこに看板がありますよ」


 早速向かうと、分岐看板が立っていた。
 

「展望台があるらしいですよ」
「へー。見晴らしよさそう」
「高いところで死ぬのって、気持ちよさそうですよね」
「そうだね」
「見に行きますか?」
「まあ、頑張れる、かな」
「決まりですね」


 草に侵食された山道階段を、上る。
 たった10段で、ナギサちゃんの肺はギブアップ。
 背負って、進んでいく。


「最近、自然ばっかりですね」
「そうだね。人目を避けているから」
「中々いい場所って、見つかりませんよね」


 勢いよく足を上げると、偶然、蛙を踏み潰した。


「死に場所なんて、発見できる方がめずらしいよ」
「そうかもしれませんね」


 無言になると、環境音が目立つ。
 風が、木々を鳴らす音。
 動物の騒々しさ。
 鳥の羽ばたき。

 生に執着する者たちの、集まり。

 私たちは、満足死するために、歩いている。


「やっぱり、海かなぁ」
「いいですよね。海」
「山よりもうるさくないし、溺れるだけだし」
「でも、水死体って酷い状態らしいですよ。水を吸って膨らんで、ブヨブヨになると聞きました」
「うわぁ。想像したくない」


 頭を全力で振ると、お嬢様のクスクス声が、鼓膜を刺激した。


「柔らかくなったところを、魚たちが食べるみたいですよ」
「魚って、人間も食べるんだ」
「多分、人の肉だと気づいていないですよ。唇や目玉が最初らしいです」
「……誰かわからなくなるね」
「死体なんて、全部溶けるぐらいがちょうどいいですよ」
「そうだね」


 階段を登り切り、頂きの光景を、目にする。
 肺が膨らみ、頭皮が粟立つ。
 視界のすべてが、花畑に、染まった。
 広さは、校庭の10倍以上。
 人は、誰もいない。
 貸し切り状態だ。

 
「すごいね」
「……はい」
「でも、死ぬには合わないかな」
「そうですね。もっと冷たい場所がいいです」
「だよね」


 草原で寝そべり、空を眺める。
 手を伸ばすと、天国に触れそうだった。


「春だったら、もっと」
「それでも、壮観だ。こんなところがあったんだ」
「……はい。素敵です」


 野花は摘み取り、鼻に近づける。
 甘い香りを吸い込み、息を吐く。


「そういえば、青薔薇病って、伝染しないんだっけ?」
「遺伝子異常ですから。子供に受け継がれるぐらいでしょうか。なんでですか?」
「なんか、私も、花を咲かせたい気分だから」
「これはあたしの特権ですから」
「そっか」
「体が弱るんですから、いいものじゃないですよ」
「そうだね」


 小指サイズの花を見つけ、口に入れる。
 |緩慢《かんまん》に咀嚼し、青薔薇を思い浮かべた。


「あれ、恵巳さん」
「なに?」


 突然、感じた。
 左手に、ひんやり人肌。


「薬指が膨らんでませんか?」
「あー。昨日からあるんだよね。なんだろう?」
「これって……」


 顔を近づけると、ナギサちゃんの肌色が、青白く、豹変した。


「どうしたの?」
「あ、え、嘘……」


 痛みが、走る。
 脳裏に浮かぶ、内側からカッターが生えるイメージ。

 赤い血が垂れはじめ、出来物が大きく、成長していく。

 次の瞬間。

 私の心臓はときめき、ナギサちゃんの口から、短い絶叫が、漏れた。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する