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改稿前原稿保管庫 第41話 産んだ【薔薇食む】

 脳裏に、蘇った。

 ナギサちゃんと、初めて出会った日。

 2年前のお嬢様は、青薔薇を咲かせた。
 左の薬指から、おしとやかな一輪を。


「あはっ、あははは……」


 笑い声が、滝のように、溢れた。
 自分の指が、愛おしい。
 私の体から、ルビーのように美しい物体が、生まれるなんて……。


「ねえ! ナギサちゃん! 見てっ!!!」
「恵巳さん……」
「ほらほら! 私から赤い薔薇が咲いたの! すっごくキレイじゃない!?」


 すごい!
 こんなことってあるんだ!!

 青薔薇を食べてたせい? それとも、死神の祝福とか?
 どっちでもいいや!

 お揃いだっ!!! 


「なんで……」
「わかんないけど、すごくない!? これでお揃いだよ!? これって病気なのかな? きっとそうだよね! ああ。生まれて初めて、自分の体に感謝したいっ!」
「なんで喜んでるんですか……?」


 お嬢様の顔が、瞳に映る。
 目が、潤んでいた。
 涙が頬を伝い、落ち、足元の草花を撫でる。

 
「不治の病なんですよ!? どれだけ苦しいと思って……」
「え、いいじゃん。もうすぐ一緒に死ぬんだし」
「そう……ですけどっ!」


 奥歯を噛みしめ、眉尻を下げる、ナギサちゃんの顔。
 

「ほら、咲いちゃったのは仕方ないから」
「……自信、ついたんですよね?」
「うん。ばっちり。私って、ナギサちゃんと死んでいい人間なんだって」
「……はぁ」


 ため息とともに、彼女は、顔を上げた。


「恵巳さんは、ダメな大人ですよね」
「お気に召さなかった?」
「もう諦めて、受け入れます。一生勝てそうにありませんから」
「あはは。なにそれ」


 ふと、ナギサちゃんの薬指にも、つぼみが芽吹いた。
 すぐに成長し、青い花びらが、開いていく。


「あたしのも……」
「ねえ、ナギサちゃん」
「なんですか?」
「ちょっと、手を貸して」


 彼女の手首を、引き寄せる。


「私、夢だったの。こうやって、遊ぶの」


 生まれたての、青薔薇。
 私の、赤い薔薇。

 距離が縮み、接触した。

 さらに、進む。

 花弁の、奥。
 お互いの雌しべや雄しべを、こすり合わせる。

 円を描き、撫でまわすみたいに。

 顔を上げると、胸が張り裂けた。熱で蕩けた、ナギサちゃんの、瞳で。


「くすぐったいです」
「ちゃんと感覚、あるんだね」


 力を入れるたび、息で空気が湿った。
 足が伸び、指先が震える。


「心地いい、です」
「……うん」


 日が暮れるまで、無我夢中に、繰り返す。

 楽しくて、心地よくて、蠱惑的だから。

 夕日が沈み、気づき、目を見開く。


「なんだろう。これ」


 私の薔薇が、実を成していく。
 花は萎れ、心臓のように赤いローズヒップが、産声を上げた。


「はは」


 笑い声しか、出ない。
 親の情事を目撃した、子供の気分だ。


「……なんだか、醜いですね」


 ナギサちゃんの声は、呆けていた。


「そう? かわいいじゃん」
「これ、どうしますか?」
「そうだなー。埋めちゃおうか」
「芽も出ないと思いますよ。それっぽいだけなので」
「わかんないじゃん。すっごく大きな木が生えるかも」


 素手で穴を掘り、窪みを作る。


「……そうなったら、面白いですね」
「でしょ?」


 瑞々しい果実に柔らかく土をかけ、手を合わせる。

 深い息を吐くと、視界が広がった。


「ねえ、ナギサちゃん」
「なんですか?」
「死ぬの、とっても楽しみだね」


 返事が、こない。
 無言で、頭を抱きしめられる。


「…………恵巳さん」
「どうしたの?」


 ナギサちゃんは頷かず、宇宙を見通すみたいに、私の瞳を見つめている。

 夜。
 花畑で星空を見上げ、語り合った。

 ふたりの人生。
 死に方。
 学校生活。
 夢。
 くだらないこと。

 意味のない時間が、心を豊かにする。

 次の日、山を降り、死に場所が、見つかった。

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