脳裏に、蘇った。
ナギサちゃんと、初めて出会った日。
2年前のお嬢様は、青薔薇を咲かせた。
左の薬指から、おしとやかな一輪を。
「あはっ、あははは……」
笑い声が、滝のように、溢れた。
自分の指が、愛おしい。
私の体から、ルビーのように美しい物体が、生まれるなんて……。
「ねえ! ナギサちゃん! 見てっ!!!」
「恵巳さん……」
「ほらほら! 私から赤い薔薇が咲いたの! すっごくキレイじゃない!?」
すごい!
こんなことってあるんだ!!
青薔薇を食べてたせい? それとも、死神の祝福とか?
どっちでもいいや!
お揃いだっ!!!
「なんで……」
「わかんないけど、すごくない!? これでお揃いだよ!? これって病気なのかな? きっとそうだよね! ああ。生まれて初めて、自分の体に感謝したいっ!」
「なんで喜んでるんですか……?」
お嬢様の顔が、瞳に映る。
目が、潤んでいた。
涙が頬を伝い、落ち、足元の草花を撫でる。
「不治の病なんですよ!? どれだけ苦しいと思って……」
「え、いいじゃん。もうすぐ一緒に死ぬんだし」
「そう……ですけどっ!」
奥歯を噛みしめ、眉尻を下げる、ナギサちゃんの顔。
「ほら、咲いちゃったのは仕方ないから」
「……自信、ついたんですよね?」
「うん。ばっちり。私って、ナギサちゃんと死んでいい人間なんだって」
「……はぁ」
ため息とともに、彼女は、顔を上げた。
「恵巳さんは、ダメな大人ですよね」
「お気に召さなかった?」
「もう諦めて、受け入れます。一生勝てそうにありませんから」
「あはは。なにそれ」
ふと、ナギサちゃんの薬指にも、つぼみが芽吹いた。
すぐに成長し、青い花びらが、開いていく。
「あたしのも……」
「ねえ、ナギサちゃん」
「なんですか?」
「ちょっと、手を貸して」
彼女の手首を、引き寄せる。
「私、夢だったの。こうやって、遊ぶの」
生まれたての、青薔薇。
私の、赤い薔薇。
距離が縮み、接触した。
さらに、進む。
花弁の、奥。
お互いの雌しべや雄しべを、こすり合わせる。
円を描き、撫でまわすみたいに。
顔を上げると、胸が張り裂けた。熱で蕩けた、ナギサちゃんの、瞳で。
「くすぐったいです」
「ちゃんと感覚、あるんだね」
力を入れるたび、息で空気が湿った。
足が伸び、指先が震える。
「心地いい、です」
「……うん」
日が暮れるまで、無我夢中に、繰り返す。
楽しくて、心地よくて、蠱惑的だから。
夕日が沈み、気づき、目を見開く。
「なんだろう。これ」
私の薔薇が、実を成していく。
花は萎れ、心臓のように赤いローズヒップが、産声を上げた。
「はは」
笑い声しか、出ない。
親の情事を目撃した、子供の気分だ。
「……なんだか、醜いですね」
ナギサちゃんの声は、呆けていた。
「そう? かわいいじゃん」
「これ、どうしますか?」
「そうだなー。埋めちゃおうか」
「芽も出ないと思いますよ。それっぽいだけなので」
「わかんないじゃん。すっごく大きな木が生えるかも」
素手で穴を掘り、窪みを作る。
「……そうなったら、面白いですね」
「でしょ?」
瑞々しい果実に柔らかく土をかけ、手を合わせる。
深い息を吐くと、視界が広がった。
「ねえ、ナギサちゃん」
「なんですか?」
「死ぬの、とっても楽しみだね」
返事が、こない。
無言で、頭を抱きしめられる。
「…………恵巳さん」
「どうしたの?」
ナギサちゃんは頷かず、宇宙を見通すみたいに、私の瞳を見つめている。
夜。
花畑で星空を見上げ、語り合った。
ふたりの人生。
死に方。
学校生活。
夢。
くだらないこと。
意味のない時間が、心を豊かにする。
次の日、山を降り、死に場所が、見つかった。