お父さんの葬式には、50人を超える参列者が訪れた。
親戚は、5人だけ。残りは、会社の関係者ばかりだ。
彼らの口から、聞かされた。
横柄な父親が、社内では人格者だった事実を。
同僚とは和気あいあいと語らい、常に愛想がいい。
部下からは慕われ、育成能力では群を抜いていた。
仲人をつとめた回数は、両手の数以上。
社長からも覚えがいい。
私は、脳の処理を停止した。
同じ人物の話とは、信じられない。
参列客たちは、異世界から来訪したのでは……。現実を直視できなかった。
お母さんの顔は、終始にこやか。
洗濯ノリで固めたみたいで、生きた心地がしなかった。
弟の姿は、見ていない。
お父さんは、|彼だけ《・・・》には甘かったから、当然だ。
葬式終わりの、帰り道。
ファミレスから出てきた、4人家族を目撃して、感傷にふける。
お父さんが、家族想いの人間だったら、強気の私になっていたのだろうか。
考えても、仕方がない。
ぶつける先も、骨になってしまった。
怒りは、湧かない。
ひたすらに、手足が石のようだ。
「……はぁ」
ふと、私の足が、止まる。
最初、原因が思い当たらなかった。
人の流れを見つめると、心が整理されていく。
ああ。
そっか。
私は、ナギサちゃん不在の空間に、帰りたくないんだ。
当てもなく、喪服で街を放浪する。
買いたいものはない。
食欲は、皆無。
新鮮な空気を求める魚のように、ひたすら進む。
視線を落としながら歩いていると、突如、爆音が響いた。
振り向くと、看板の残骸が、散らばっている。
私、数秒歩くのが遅かったら、死んでいたんだ……!
心臓が、木魚のように、高鳴った。
そうだ。
街中は、安全じゃない。簡単に急死する。
暴走者が追突したり、心臓発作が起きたり、毒物が撒かれるかもしれない。
人間の死因なんて、ビルの数ほどある。
じゃあ、なんで、私は生きてるの?
わからない。
ただ、願う。ナギサちゃんと一緒に、事切れたい。
光を求めて、家電量販店に入る。
テレビの前に佇むソファーに座り、画面を見つめる。
コマーシャルを眺めていると、番組が切り替わった。
映ったのは、目に馴染んだ顔。
「ナギサちゃん……」
特集だ。
病院でリハビリする姿。
映像のお嬢様は、幼く見える。
記憶喪失のせいで、精神年齢は小学4年生だ。
「私を、知らないんだよね……」
画面を、撫でる。
彼女の肌とは、まるで違う。ナギサちゃんの肌は冷たいけど、無機質ではない。
画面内の兎本ナギサは、20人以上のボランティアとスタッフに囲まれている。
ふたりっきりより、幸せそう。
このままで、いいのかな?
胸が痛み、頭皮がかゆくなる。
もう、考えたくない。
でも、脳は勝手に動く。
力の限り、自分の頭を殴る。
脳が揺れ、吐き気が湧き上がった。
ナギサちゃんの寝姿が、アップで映っている。
口の動きが目に入り、気づく。
「……え?」
最初は、勘違いだと疑った。
しかし、私はずっと、一緒に暮らしていたんだ。
ナギサちゃんに対しては、自信がある。
確信に変わり、叫ぶ。
——めぐみさん。
彼女が寝言で、呟いていた。