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改稿前原稿保管庫 第21話 演じた【薔薇食む】

 医者の反対を押し切り、痛み止めを打った。
 全身打撲で、骨にヒビまである。本来なら、全治1か月。
 だけど、関係ない。

 私は今、舞台袖に立っている。

 キュララン。吸血鬼の姿。
 レオタードにマントを羽織り、牙をつける。青白いメイクは、必要ない。


「男装の恵巳さん、素敵です」
「ありがとう。ナギサちゃんも、かわいい。おかしくなりそうかも」
「ふふふ」


 お嬢様を彩る衣装は、ロココ調のドレス。
 手芸部5人がかりで縫いあげた、情熱の産物だ。
 物語と時代背景がズレてるけど、熱意にやられた。

 
「台本は大丈夫ですか?」
「私が書いたんだよ。忘れても、即興で作れるから」
「それは頼もしいです」


 演技も、大丈夫。
 私の目には、ツンツンくんの演技が焼き付いている。
 真似するだけだ。


「でも、無理はしないでくださいね。本当は、絶対安静なんですから」
「言ったでしょ。ナギサちゃんとの心中以外では、死なないから」
「……それを言えばいいって、思ってませんか?」
「…………そんなこと、ないけど」


 鋭い。


「でも、舞台の上で死ぬのって、素敵ですよね。ちょっと憧れます」
「ナギサちゃんって、ロマンチストだよね」
「恵巳さんは違うんですか?」
「私は、静かな場所で死にたいな」
「そっちもいいですねー。何回も死ねたら、色々楽しめるんですけど」
「そうだね」


 何回も死ねたとしても、全部、ナギサちゃんと一緒がいい。

 クラスメイトに声をかけられた。
 もうすぐ、開幕だ。
 

「今日って、ナギサちゃんと出会った日……で合ってるよね?」


 薔薇のようなドレスが、|翻《ひるがえ》った。


「覚えていたんですか?」
「ごめんね。なんとか思い出しただけ」
「それでも、嬉しいです」


 幕の外から漏れる、人々の声。
 体育館は埋まっている。

 無理を通してでも、成功させたい。


「最高の思い出にしようね」
「はい!」


 ナギサちゃんが、舞台の中央で、座る。
 幕が開き、スポットライトが灯った。
 ナレーションとともに、物語が紡がれる。

 舞台は、中世のパリ。
 主人公のエピネは、水の精霊に嫌われていた。
 喉を潤すだけで、気を失い、命が削られる奇病。

 伯爵である親の威光でも、治療はかなわず、死を待つだけの日々。
 兄弟や民からは忌み嫌われ、心を蝕んでいった。

 15歳になった、夜。
 エピネは、ついに外へと飛び出した。

 両親も黙っていない。
 追っ手から逃げ続けていると、ひとりの男にぶつかった。

 私。
 吸血鬼の、キュララン。
 

「ちっ、男ばっかじゃねえか。血がまずいんだよ」


 追手から血を吸い、震える女の子に、標的が移る。


「さてさて、女は最後の楽しみだよな」


 エピネは、吸血鬼の頬を叩いていた。
 理由は、本人も、わからない。

 呆然とする瞳を置き捨て、彼女は逃げ出した。

 次の夜。
 結局、エピネは屋敷のベッドで寝ていた。

 吸血鬼の顔を思い出していると、聞こえる。窓を叩く音。


「なあ、少し話さないか?」
「……え?」
「何もしないから」


 はじめてできた、気兼ねない、話し相手。
 仲を深める、幸福な日々。しかし、長くは続かない。
 父親に見つかってしまった。

 ふたりは逃避行する。

 ヴァンパイアハンターに、騎士。民や魔術師。

 様々な追手が、押し寄せ、問われる。

 果たして、俺達は一緒にいていいのだろうか。

 キュラランは、世界で最も愛おしい首を、傷つけたくない。

 エピネは、自分の体が嫌いだ。
 キュラランに、すべてを壊してほしい。吸血鬼になれば、水の呪いから解放される。


「……ああ。なんてことなの」


 クライマックス。
 観客が、溶けていく。視線だけが、残る。

 ふたりの前に、父親みずから、立ちふさがった。
 彼は敵国の軍隊長すら葬った、歴戦のつわもの。
 キュラランの喉に、刃が迫る。

 震えるだけの手が、動いた。
 気付いた時には、横たわる、屈強だった、男の体。
 エピネは、自分の父親を、|殺《あや》めてしまったのだ。

 月のない夜。彼女は、睡魔からも嫌われた。

 徐々に衰弱していく中でも、ふたりは逃げ続ける。
 甘い雰囲気はない。
 お互いに、謝り続けるしかなかった。

 そして、ついに訪れる、別れの時。

 キュラランは、ついに決意する。
 弱い息が通る首筋に、噛みついた。
 手を握り、太陽の視線に、さらされる。心中。

 エピネ――じゃなかった。ナギサちゃんの体から、意識が抜けていく。
 彼女は、首が弱い。血の味が広がる。強くしすぎた。

 台本通りなら、炎に焼かれて、もがき苦しむ。徐々に反応が弱っていき、静止の余韻とともに、幕を閉じる。

 このままでは、不完全。

 ダメ。
 最後の最後で、失敗なんて、許さない。

 私は、手全体を使って、彼女の右耳を塞いだ。

 唇を、心臓側の耳に近づけ、舌を伸ばす。
 しとやかな体が、弾んだ。まるで、もがき苦しむ、微生物みたいに。

 ヒルに近しい味覚器が、敏感な穴を、さらにむさぼる。
 透明な粘膜が、口内からあふれ、胸に垂れた。
 自然と、抱き寄せる腕に力が入る。

 数多の視線を感じた。
 でも、抱き寄せる姿としか映らないはず。

 舌を大胆に押し込むと、|味細胞《みさぼう》を伝って、声が聞こえた。


――もっと。もっと。もっ、と。


 ケガだらけの体が、悲鳴を上げた。
 だけど、知らない。

 奥へ。
 奥へ。 
 さらに、奥へ。

 脳に、近づきたい。
 
 ぐちゃぐちゃに混ぜて、私の全部を、練り込みたい。

 ナギサちゃん。
 お願い。
 私ね。
 血よりも、ずっと、もっと、すごいのが、ほしいの……。


「あ……ぁあ……ぁ」


 ハッと気づいて、顔を離した。
 彼女の体に、異変が、起きている。

 何本。いや、何十本だろうか。
 つぼみから解放される、青薔薇たち。

 ドレスを突き破り、生き生きとした花弁が、咲いていく。
 枝のように細い骨身が、冷たく、動かなくなるまで……。


「なぎ……さ……ちゃん……?」


 頬に、イバラ。
 伸びた、緑の痣。
 末期症状。

 彼女の余命が、1年、縮まった。

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