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改稿前原稿保管庫 第20話 飛んだ【薔薇食む】

 ツンツンくんが登校した時は、すでに昼過ぎだった。
 目元に浮かぶクマと、荒れた髪。
 点滅する街灯のような雰囲気をまとっていた。
 

「悪い。親父と喧嘩しただけだ。退学させるとかほざきやがって……」


 教室の端で、台本を読み込む、彼。

 衣装を合わせると、思い描いたキュラランそのものだった。
 憂いを備えた表情に、顕示欲あふれる所作。
 口が悪くて、不憫な吸血鬼。

 舞台の準備は終盤。
 ナギサちゃんが組み立てたスケジュールのおかげで、余裕がある。
 妥協した部分を、補強する。
 最終チェックも念入りに。

 私も、リハーサルと本番の段取りを読み返す。

 言葉がなくとも、クラス全体が繋がった空気。

 突然、救急車のような足音が聞こえた。


「おいっ! 津田が屋上で……! 誰か止めてくれ!!!」


 クラスメイトの、張り詰めた声。
 誰よりも早く、足が動いた。
 
 膝を痛めながら、階段を駆ける。
 壊れたドアノブを押すと、強風で制服が膨らんだ。

 目に入ったのは、ツンツンくんじゃない。

 底も果ても見通せない、青空。
 太陽から|睨《にら》まれながら、吸血鬼がもがいている。

 見える。
 彼を焼き尽くす、炎の煌めき。


「なんと醜悪な世界か。肥溜めの方が澄んでいる」


 台本が、落ちていた。
 書き込みだらけで、端が曲がっている。


「ああ。そなたの吐息だけが、血を揺らす」


 私が書いたセリフ。
 ラストシーンの|慟哭《どうこく》だ。


「このような世界、我には不要。そなただけが、我を愛してくれる」


 彼は、抱きしめていた。
 舞台の主人公。薄命のお嬢様を。

 鋭い牙が首を噛むと、可憐な体に火が灯った。

 マントが翻り、床の無い世界へと、歩み出す。

 彼の涙を、風が運ぶ。頬に冷たさを感じて、現実に帰った。

 違う。
 違う違う違う!!!


「さあ、行こう。我らの居場所は、ここではない。永遠の世界が呼んでいる」


 手が、伸びていた。
 マントを掴んでも、引っ張られる。
 私の足は、コンクリートの床と、分かたれた。


「お前……なに……を」


 冷えた体を抱きしめる。
 吸血鬼じゃない。ただの、ツンツンくん。燃えてないし、お嬢様もいない。

 滝のように打ち付ける、風。
 体を動かせても、自由はない。
 抗えない。
 地面が、迫る。
 空が、遠のく。

 目に、焼き付いた。
 群青空こそが最後の光景だと、全身が感傷に耽る。

 ああ。
 この世界は、なんて……。

 枝が折れる音とともに、背中から衝撃が走る。
 痛みを感じたころには、体が動かなくなっていた。


「が……ぁ……」


 ツンツンくんは、動いている。
 私は血が出てる、かな?

 ああ、でも。どうでもいいや。


「……な、なにやってんだよ、お前っ!!!」
「あはっ」


 空だ。
 空が、私を見てる。


「あははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 声出すだけでも、めっちゃ痛い!
 全身がぐっちゃぐちゃ!

 でもね!!!


「ねえ、見た!? すっごく、キレイだった!! 落下ってすごい!!!」
「お、おい、頭を打ったのか……?」
「死ぬって、こんなに楽しいんだよ!? 泣きながら逝ったら、絶対に損じゃん!!!!」


 笑いが止まんない!
 やばい!
 死んじゃいそう!!!


「……は?」
「見てなかったの!? 世界が星空みたいだったじゃん!」
「頭、壊れてるんじゃねえのか!?」


 ううん。
 壊れてるのは、世界だよ。

 人生って、死の前座でしょ。

 私は、生きてるだけ!

 ふと、気付く。耳鳴りがひどいけど、わかった。
 あの子が、来る。


「恵巳さん……」
「あ、ナギサちゃん! 聞いて聞いてっ! 落下死ってすっごいの! 解放感みたいなの! もうゾクゾクって感じで……!」
「なに……やってるんですかっ!」


 あれ?
 かわいいお手手、震えてる。
 なんで、泣いてるの……?


「先に行かないでくださいよっ! 何考えてるんですか!? このおバカっ!」
「いや、大丈夫、だよ?」
「ふざけないでくださいっ! あたし……あたし……」


 怒ったナギサちゃんを見るの、はじめてだ。
 かわいいから、ずるい。


「だって、約束したでしょ?」
「……やく、そく?」
「ナギサちゃんと一緒に死ぬのは、決定事項。だから、ひとりだと死なないって信じてた!」


 当たり前だよね!
 私は、ナギサちゃんと死ぬために生まれたんだから!!


「まったく、恵巳さんは……」
「納得してくれた?」


 震える手が、私の額を叩いた。


「2度と、しないでください」
「えー。楽しかったのに」
「絶対ですよ」
「……わかった。たぶん」


 涙をたたえた目元が、緩む。


「……もう。困った人ですね」
「怒らせちゃった?」
「なんか、どうでもよくなっちゃいました」
「そっか。あはは」
「ふふふ」
「あははははははははははははは!」


 ふたりの笑い声に混じって、聞こえた。
 力のない、少年のぼやき。


「…………はぁ。やってらんねぇ。はは、はは……」


 ツンツンくんは、吸血鬼役から、降りた。

 代役は、私。

 ブザーとともに、穴だらけの暗幕が、開かれる。

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