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改稿前原稿保管庫 第19話 話した【薔薇食む】

 ナギサちゃんが、寝込んだ。
 青薔薇病による、免疫力の低下。文化祭の準備が忙しく、体調を崩した。

 はじめてだ。温もり不在の、学校。
 本当は、帰って看病をしたい。
 熱で弱った姿がかわいいし、永遠に見られる。

 だけど、ナギサちゃんに口酸っぱく諭された。

 台本を書いたのは、私。必然的に、確認作業も任される。
 大道具の雰囲気は合っているか。出来栄えに問題ないか。演技の指導。タスクはいっぱい。
 認めたくないけど、監督ポジションだ。
 一日休めば、全体に影響が出てしまう。


「……はぁ。寂しい」


 話す相手がいない。
 席に座っているだけで、疎外感をおぼえる。

 文化祭の準備で、言葉を交わす。
 だけど、雑談がない。

 つくづく、実感する。私はナギサちゃん経由でしか、クラスメイトと繋がっていない。


「早く……帰りたい」
「お前、手首を見て、なにしてるんだ?」
「あ、ヴァンパイアくん。どうしたの?」
「俺が吸血鬼みたいに呼ぶな」


 ツンツンくんの顔は、普段通りに不愛想。

 眼帯は、すでに外れている。
 夏休み中に父親からの暴行があったと、噂話を耳にした。


「なあ、聞いていいか?」
「何? 夏休み前、私を無視していた癖に」
「……悪かったよ」


 あら、意外と素直。


「まあ、許しましょう。私は大人なので」
「はいはい。そうかよ」


 やっぱり生意気だ。こうでなくっちゃ。


「それで、何を聞きたいの?」
「俺が演じるヴァンパイアなんだが、名前がおかしくないか?」
「え、キュララン。かわいいじゃん」


 ドラ|キュラ《・・・》からとってるし。


「こいつ、王子様キャラだろ。ファンシーすぎないか?」
「そこがいいの。毒親感が出る」
「そんな話、あったか?」


 そっか。
 台本だけだと、出てこない設定だ。


「キュラランの両親は、DQNな吸血鬼夫妻なの」
「DQN……」
「子供を愛してないどころか、邪険にしてる。DVも日常茶飯事」
「えぐいな」


 かわいそうな方が応援できるし、過去は詳細に設定した。
 正直、本編の執筆より楽しかったかも。


「女の子を襲うのは、寂しいから。本当は受け入れてほしいし、守って欲しい。だから、出会っていきなり殴った主人公に、恋をしたの」
「守ってほしい、か」
「なさけないけどね」
「そう……だよな。俺もだ」
「どうしたの?」
「……こいつも、苦労してるんだな」


 捨て犬を愛でるような、眼差し。
 面倒だし、家庭事情は詮索しないでおこう。


「他に聞きたいこと、ある?」
「こいつはなんで、死にたいんだ?」


 あれ? |そこ《・・》を疑問に思うんだ。


「……死にたい想いに、理由が必要?」
「いや、あるだろ。絶対」
「うーん。そっか」


 答えを出すのに、一呼吸もかからなかった。
 きっと、脳の奥底に隠れていた答えを引き出しただけ。


「世界に、否定されてる気がするから」
「……なんだそれ」
「生きる理由がない。居場所がない。ずっと、息苦しい。体だけが、生きようとしてる。死んだ後の方が、マシに思えてしまう。そんな心境かな」
「すこし……わかるな」
「役に立った?」
「ああ。見ていてくれ」


 ツンツンくんの演技が、はじまった。
 主人公以外に愛されないヴァンパイア。キュララン。

 相変わらず、すさまじい。

 指先ひとつで、空気が変わった。
 呼吸だけで、感情が伝播する。
 視線が、心が、吸いつくされた。

 目の前にいる男子は、ツンツンくんでも、キュラランでもない。
 混ざって、曖昧になってる。

 終わると、顔を上げた。
 
 
「演劇って楽しいな! 全部、忘れられる!」


 まるで、はじめて逆上がりに成功したような、笑顔。

 ああ。
 お願い。
 私に、そんな表情を、見せつけないで。


「ごめん。よかったけど、帰る」
「おいっ!」

 
 息が苦しくなって、影の長い校門をくぐった。

 すぐに、会いたい。
 ツンツンくんが、変わっちゃった。

 玄関を開けた記憶も、靴を脱いだ余韻もない。
 気だついたら、ナギサちゃんを抱きしめていた。


「ただいま」
「おかえりなさい。ちょっと早いですね。どうでしたか?」
「……私、ナギサちゃんがいないと、ダメ」
「ふふふ。頑張ってえらいですね」


 夕日に照らされた、パジャマ姿の少女。
 火照った肌。
 マスクに隠れた、お口。
 加湿器が鳴らす、沸騰音。
 生姜湯の香り。

 部屋のすべてが、心の熱を上げていく。


「汗かいてない?」
「さっきまで寝ていたので」
「ねえ、ナギサちゃん。体、拭かせてくれない?
「疲れてませんか? 後でも……」
「ごめん。今すぐ、拭きたい」
「え、でも……」
「お願い」
「……はい。わかりました」


 ベッドに座らせて、ボタンを開ける。
 衣擦れ音をかき消す心音が、わずらわしい。

 緑の痣は、左脇腹から首まで伸びていた。
 全身に広がると、末期に至る。青薔薇が全身の活力を吸い上げて、死ぬ。


「文化祭って、大事な思い出だ」
「やっと気づきましたか?」
「……うん」


 カレンダーを、横目で確認する。
 9月の頭。文化祭の日には、2つの丸。
 もうひとつは、何かあったっけ。


「ひとりで死なないでよ」
「大丈夫ですよ。恵巳さん」
「絶対?」
「はい。絶対です」
「じゃあ、私も死なないから」
「お願いしますね。恵巳さんのいない世界なんて、生きたくありませんから」
「……うん」


 濡れタオルを絞ると、水音が響いた。

 背中と、肩。胸。お腹。ふとももに、指の間。
 肌のキメをひとつひとつ確認するように、拭き上げていく。
 手首と、首元。私が刻んだ傷痕は、念入りに、何度も。


「……くすぐったい、です」


 湯気みたいな、おぼろげな声。


「今日の恵巳さん、おかしいですよ……」
「10時間も、離れ離れだったんだもん。手首の傷がないと、耐えられなかった」
「ふふふ。どうしようもない大人ですね」
「ナギサちゃんのせい」
「そうですね。ちゃんと、責任をとって、一緒に死にますから」
「……うん」


 やっぱり、私の居場所は、ここなんだ。

 着替えを用意すると、気づく。
 肩甲骨に、つぼみ。
 青薔薇が咲き、私の歯が、摘み取った。


 翌日。
 ナギサちゃんは回復し、私の学校生活が戻った。

 順調に、作業が進む。
 テストとの両立に頭を抱えながらも、クラス全体で一致団結。

 サイコーの舞台になる。空気が熱を帯びていた。


 文化祭、3日前。

 ツンツンくんが、屋上から、落ちた。

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