ナギサちゃんが、寝込んだ。
青薔薇病による、免疫力の低下。文化祭の準備が忙しく、体調を崩した。
はじめてだ。温もり不在の、学校。
本当は、帰って看病をしたい。
熱で弱った姿がかわいいし、永遠に見られる。
だけど、ナギサちゃんに口酸っぱく諭された。
台本を書いたのは、私。必然的に、確認作業も任される。
大道具の雰囲気は合っているか。出来栄えに問題ないか。演技の指導。タスクはいっぱい。
認めたくないけど、監督ポジションだ。
一日休めば、全体に影響が出てしまう。
「……はぁ。寂しい」
話す相手がいない。
席に座っているだけで、疎外感をおぼえる。
文化祭の準備で、言葉を交わす。
だけど、雑談がない。
つくづく、実感する。私はナギサちゃん経由でしか、クラスメイトと繋がっていない。
「早く……帰りたい」
「お前、手首を見て、なにしてるんだ?」
「あ、ヴァンパイアくん。どうしたの?」
「俺が吸血鬼みたいに呼ぶな」
ツンツンくんの顔は、普段通りに不愛想。
眼帯は、すでに外れている。
夏休み中に父親からの暴行があったと、噂話を耳にした。
「なあ、聞いていいか?」
「何? 夏休み前、私を無視していた癖に」
「……悪かったよ」
あら、意外と素直。
「まあ、許しましょう。私は大人なので」
「はいはい。そうかよ」
やっぱり生意気だ。こうでなくっちゃ。
「それで、何を聞きたいの?」
「俺が演じるヴァンパイアなんだが、名前がおかしくないか?」
「え、キュララン。かわいいじゃん」
ドラ|キュラ《・・・》からとってるし。
「こいつ、王子様キャラだろ。ファンシーすぎないか?」
「そこがいいの。毒親感が出る」
「そんな話、あったか?」
そっか。
台本だけだと、出てこない設定だ。
「キュラランの両親は、DQNな吸血鬼夫妻なの」
「DQN……」
「子供を愛してないどころか、邪険にしてる。DVも日常茶飯事」
「えぐいな」
かわいそうな方が応援できるし、過去は詳細に設定した。
正直、本編の執筆より楽しかったかも。
「女の子を襲うのは、寂しいから。本当は受け入れてほしいし、守って欲しい。だから、出会っていきなり殴った主人公に、恋をしたの」
「守ってほしい、か」
「なさけないけどね」
「そう……だよな。俺もだ」
「どうしたの?」
「……こいつも、苦労してるんだな」
捨て犬を愛でるような、眼差し。
面倒だし、家庭事情は詮索しないでおこう。
「他に聞きたいこと、ある?」
「こいつはなんで、死にたいんだ?」
あれ? |そこ《・・》を疑問に思うんだ。
「……死にたい想いに、理由が必要?」
「いや、あるだろ。絶対」
「うーん。そっか」
答えを出すのに、一呼吸もかからなかった。
きっと、脳の奥底に隠れていた答えを引き出しただけ。
「世界に、否定されてる気がするから」
「……なんだそれ」
「生きる理由がない。居場所がない。ずっと、息苦しい。体だけが、生きようとしてる。死んだ後の方が、マシに思えてしまう。そんな心境かな」
「すこし……わかるな」
「役に立った?」
「ああ。見ていてくれ」
ツンツンくんの演技が、はじまった。
主人公以外に愛されないヴァンパイア。キュララン。
相変わらず、すさまじい。
指先ひとつで、空気が変わった。
呼吸だけで、感情が伝播する。
視線が、心が、吸いつくされた。
目の前にいる男子は、ツンツンくんでも、キュラランでもない。
混ざって、曖昧になってる。
終わると、顔を上げた。
「演劇って楽しいな! 全部、忘れられる!」
まるで、はじめて逆上がりに成功したような、笑顔。
ああ。
お願い。
私に、そんな表情を、見せつけないで。
「ごめん。よかったけど、帰る」
「おいっ!」
息が苦しくなって、影の長い校門をくぐった。
すぐに、会いたい。
ツンツンくんが、変わっちゃった。
玄関を開けた記憶も、靴を脱いだ余韻もない。
気だついたら、ナギサちゃんを抱きしめていた。
「ただいま」
「おかえりなさい。ちょっと早いですね。どうでしたか?」
「……私、ナギサちゃんがいないと、ダメ」
「ふふふ。頑張ってえらいですね」
夕日に照らされた、パジャマ姿の少女。
火照った肌。
マスクに隠れた、お口。
加湿器が鳴らす、沸騰音。
生姜湯の香り。
部屋のすべてが、心の熱を上げていく。
「汗かいてない?」
「さっきまで寝ていたので」
「ねえ、ナギサちゃん。体、拭かせてくれない?
「疲れてませんか? 後でも……」
「ごめん。今すぐ、拭きたい」
「え、でも……」
「お願い」
「……はい。わかりました」
ベッドに座らせて、ボタンを開ける。
衣擦れ音をかき消す心音が、わずらわしい。
緑の痣は、左脇腹から首まで伸びていた。
全身に広がると、末期に至る。青薔薇が全身の活力を吸い上げて、死ぬ。
「文化祭って、大事な思い出だ」
「やっと気づきましたか?」
「……うん」
カレンダーを、横目で確認する。
9月の頭。文化祭の日には、2つの丸。
もうひとつは、何かあったっけ。
「ひとりで死なないでよ」
「大丈夫ですよ。恵巳さん」
「絶対?」
「はい。絶対です」
「じゃあ、私も死なないから」
「お願いしますね。恵巳さんのいない世界なんて、生きたくありませんから」
「……うん」
濡れタオルを絞ると、水音が響いた。
背中と、肩。胸。お腹。ふとももに、指の間。
肌のキメをひとつひとつ確認するように、拭き上げていく。
手首と、首元。私が刻んだ傷痕は、念入りに、何度も。
「……くすぐったい、です」
湯気みたいな、おぼろげな声。
「今日の恵巳さん、おかしいですよ……」
「10時間も、離れ離れだったんだもん。手首の傷がないと、耐えられなかった」
「ふふふ。どうしようもない大人ですね」
「ナギサちゃんのせい」
「そうですね。ちゃんと、責任をとって、一緒に死にますから」
「……うん」
やっぱり、私の居場所は、ここなんだ。
着替えを用意すると、気づく。
肩甲骨に、つぼみ。
青薔薇が咲き、私の歯が、摘み取った。
翌日。
ナギサちゃんは回復し、私の学校生活が戻った。
順調に、作業が進む。
テストとの両立に頭を抱えながらも、クラス全体で一致団結。
サイコーの舞台になる。空気が熱を帯びていた。
文化祭、3日前。
ツンツンくんが、屋上から、落ちた。