割と生成AIについては肯定的な私です。
アイデアの壁打ちを手伝ってもらったり、分からない場面の描写を手伝ってもらったり。私の作品を感想をもらったり、勝手に続きを書き始めたので、「勝手に書くなボケェ」と言ったり。
最近、生成AIにとても感謝していることがあります。
それは、「SNSを恐ろしいほど退屈」にしてくれたことです。
私はどちらかというネットの魅力に引き込まれてきたタイプの人間です。電話線を無理やりパソコンに刺し、跳ね上がった電話代の請求に、親に怒鳴られてしまったこともあります。
当時は、ネットで画像を表示するなんてのは結構大変なことで、プリンターの印刷のように1ラインずつ表示されていく様にもどかしさを覚えたことが何度もありました。
しかも、途中で止まるんですよね笑
それがもう、動画ですら当たり前になりTWITTERやらインスタを立ち上げると画像や動画がいくらでも流れてくるようになりました。
昔は「このメールを100人に流さないと不幸になります」みたいなものがいくつでも転がってきたのですが、今では「拡散希望!」がポジティブに受け止められる時代ですからね。変わっていくものです。
それでも、ネットでしか得られない情報が多く転がっていて、それは世界の裏側の覗いているような不思議な気持ちになったことをよく覚えています。
ところが今は、皆がネットで情報を得ることが当たり前になりました。
ネットの情報は、多様化し過ぎています。数多の広告といくつものフィルターバブルに区切られた情報戦の会場です。
そこに、生成AI、AIボットが組み合わさることで「まずこれは人間か?」を問うところから考える必要が出てきました。以前よりも相対的にSNSを開く心的コストが高くなり、積極的に開くことを思いとどまるようになりました。
すると、どうでしょう。
帰ってきたんです。
「暇な時間」が。
今まで画面を見ることでどこかに追いやっていた「暇な時間」に最近出会えることが多くなったように思います。
暇な時間にやることはもちろん、天井を眺めることです。
不規則なジグソーパズルのような黒い模様、雨漏りの痕跡。エアコンの噴き出し口のカビ。
かつて虚無のように退屈だと思っていた時間が、不思議なことに少しずつ色を帯びて帰ってきました。
地下鉄の照明のリズムを数えることも好きです。
ブン、ブン、ブン。パッパッ。
ブン、ブン、ブン。パッパッ。
あ、そろそろブレーキかも。なんてことが分かるようになってきます。
SNSは退屈になりましたが、カクヨムは好きです。
特に作品から人間性が伝わってくるような作者様は大好きです。
私も、もっと人間臭さを伝えられるような作品を書けるようになりたいですね。
令ちゃんの話、第四章は残り二話(四日分)
令と未咲の複雑な関係、是非見届けてください。