特撮ファンなら知っている、そうでなければ知りもしないもう一つの特別制度がありました。
当時でも今でも、邦画より洋画の邦画豪華で大スクリーンの劇場で公開されていて、これを邦画にも使わせよう、というのが「日本映画特別上映制度」というもので、そのため、異世界で製作された映画の元ネタ、「太平洋奇跡の作戦 キスカ」が4チャンネルステレオで製作され、1965年に公開されました。
非常に、非ッ常ォ~~~~~にっ!
残念なことに、多次元立体音響用に録音された音楽はレーザーディスクでステレオ音源が発掘された時に保存できず、今となってはクニュクニュになった本編音声から楽しむしかない状況…それを楽しむって、どこの仙人だよ!?
音響の話はさて置き、ミッドウェイ攻略の欺瞞工作としてアリューシャン列島の中央、アッツ島、キスカ島を占拠した日本軍が、ミッドウェイの敗北の後も放置され、米軍の反攻でアッツ島は「全員死ぬ」という、後に日本軍では常識になってしまった統帥の外道、生還を前提に作戦を建てるという大前提を放棄した「玉砕」という巧言令色鮮し仁そのものを始めて行ってしまった悪例を果たしてしまいました。
それを更なる美辞麗句で描いたのが、戦後日本を捨てた藤田嗣治なんですけど。
まあそんなのがイヤで日本から逃げた、というのは解らなくもないのですけど。
でも藤田が小松崎茂や成田亨に影響を与えているというのは、いくらなんでもそんな事無いだろと思いますけど。
閑話休題、隣のキスカ。
映画の中では硫黄島玉砕や沖縄まで紹介してましたけど、この当時と大戦末期では全然事情が異なります。
そして映画も第五艦隊河瀬中将と、主人公である木村昌福少将を友人として描いたり(史実では本作戦が初の顔合わせだった)、大本営の督戦を河瀬中将が身を挺して防いだり(史実では重巡那智で督戦隊を率い突入を命じた)、映画で描かれた物語の背骨が架空のものであり、とてもまともな映画としては見る事が出来ません。
それでも三船敏郎演じる木村司令官のブレなさ、苦境の中反転する決断力、そしていざ突入となるや困難な濁流を乗り越える物語、軍用犬が吠える先に重巡阿武隈が写り、その先に味方の砲が構え、入港喇叭が響く。
「無線封止を解く、打て!入港四時間繰り上げ!」
それからの高揚感は日本の戦争映画にはない高揚感でした。
参考にした資料や証言の問題かもしれませんが、完成した映画は紛れもない、日本映画史に残る傑作です。
團伊玖磨の音楽が時に背中を引っ叩く様に勇ましく、ある時は背中を撫でてくれる様に優しく、そして撤収の行進曲においては(鉄腕アトム?)日本に帰れるという喜びに包まれました。
天皇陛下から預かった三八式歩兵銃を投棄する場面は子供ながらに衝撃的でしたね。
兵の命より重い菊の御紋入りの獣を捨てるという「そんなバカな」という思いを一蹴するかのようなシーンでした。
還暦近いジジイには、そんな昔話も父親や爺さんから聞かされていたものでした。
これはキスカ島の戦跡を調査した結果、史実と確認されたそうです。
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私にとって特撮ファン人生で幸福だったのは、中丸忠雄さんから撮影時のお話しを肉声でお聞かせいただいた事でした。
あまりスターさんと接する事が無かったので、
「あいつ生意気だから本当にぶん殴ってやれ」
と監督に言われたから、とか衝撃的でした。
ジャニーズの歌については、与太話程度に思って頂けたらと思います。
ところでこの近況・解説、読者の皆様の助けになっているのでしょうか?
映画自体はwikiの通りなので、それ以外の事を書くようにしていますが。